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2019夏休みpt.1

別に転職したわけじゃないんだけど、8月に個タクの仕事の内容が大きく変わり、十数年ぶりでまとまった夏休みを取ることが出来た。指折り数えてみると休みは7日から明日までだから、何と12日も休んだ事になる。すげー。
そんな休みの記録を、画像多め文章少なめで書こうと思う。




8月7日
新しい仕事の相棒が納車になった。新しい、と言っても中古なんだけど。
今度の相棒は、平成24年式トヨタ・ヴェルファイア。近々別項を起こす予定だけど、これによって仕事と生活のパターンが大きく変わった。納車から3日かけてあくせく動いて仕事に使うための準備をする。料金メーター取り付け&検査、ボディへの文字入れetcetc…。まだまだやる事はいっぱいあるんだけど、これで取りあえずは仕事に使える様にはなったかな。




8月10日
飲み友達のFくんと飲む。珍しく途中からあまり記憶が定かではないんだけど、ふたりで入った3件目のバーで気付いたら数人でテーブルを囲んでて(多分Fくんの友達だと思う)、バーのマスターに「そろそろ閉めるよ」と言われて時計を見たらAM5:00で、うわー久々にやっちまったな、と店の扉を開けたらすっかり明るくて、一緒に飲んでいた人とふたりでいつの間にか降り出していた結構強い雨の中を歩いていて、またねー!っつってぶんぶん手を振って別れた事なんかを断片的に覚えている。多分新しい飲み友達が出来たんだと思う。
来月また飲みに行こ。




8月11日
二日酔いって訳じゃないんだけど流石に1日使い物にならず終日寝て過ごす。




8月12日
20年ぶりに泊まりがけのツーリングに出掛ける。
これ、数年来の本当の悲願で、ようやくこの日が来たなぁって感慨も深くて。まあだからっつって言ってもツーリングだからやる事は走る事だけだし取りあえずエンジンを掛けて走り出す。

国道396号と340号を走り継いで45号に出て、後はひたすら南進する。途中で気まぐれに降り出す雨すら懐かしく愛おしい。
走り慣れた道だけど45号に出てからは時期柄か交通量も多く、市街地では渋滞にも遭遇した。するとLoser号の油温はすぐに上がり、休憩を強いられる事が度々。

んー。

岩手県の田舎道「だけ」しか走らない局地戦闘機ならまだしも、こういう使い方をするならやっぱりオイルクーラーは付けなきゃ使い物にならないね。1日に数百km走る日程を組むと、油温を下げる為に取らなきゃならない休憩に何と走りのリズムを狂わせられる事か。
来年の夏までの課題だなー。




途中で見つけた味のあるドライブインで昼食。海岸線から遠ざかるにつれ上がる気温と湿度にひいひい言いながら宿泊先のホテルに辿り着く。




で、その夜は仙台で高校の部活の仲間と飲み会。僕は個別にはちょくちょく顔を合わせていたけど、集まるのなんてそれこそン10年ぶり。「いつか」「そのうち」とか言ってたらそれこそそのうち死んじゃうからね、珍しく僕が音頭を取って集まった。




馬刺や貝や茶豆や…




穴子の白焼きなんぞをつまみながらビール(ハートランドだった、美味しかった)をぐびぐび飲む。
結構飲んだし料理は超絶美味しかったし(メニューには値段がなかった)、こりゃ下手すりゃ万行くな、と覚悟しながら会計してみればひとり4.000円ちょっととか。この店何なのあり得ない。盛岡にあったなら毎週通うのに。
え?仙台のどの店かって?教えなーい。




同級生がゴロワース吸ってた。一本貰って吸ったけど、いいタバコだったなあ。




8月13日
ホテルをチェックアウトし、国道48号を西進する。日にちも日にちだし、道路は大渋滞。しかも気温は前日よりもかなり高いし日差しも強い。待ち合わせの時間もあるし、普段は滅多にしないすり抜けをしつつ少しづつ距離を稼ぐがいかんせん油温が上がる。Loser号頼むよ、しっかりしてくれよ、とタンクを撫でながらだましだましチビチビと削られる様に進む。
決定的なのは、道路が流れ始めても走っている状態では一度上がった油温が下がらないところ。下がらないんだよ、エンジンを停めて休ませなければダメなのだ。明らかな冷却能力不足。これには参った。

やはりLoser号にはオイルクーラーは付けよう。これしきの暑さでへこたれている様では君とは一緒には走れないよ。僕はまだ盆栽の枝をパチパチとハサミで剪定して満たされるような歳じゃない。僕にもLoser号にもまだまだ伸び代はある筈だ。それを信じて頭を使って行動を起こそう。







待ち合わせの相手は山形の変人。迎え盆の忙しい時期に無理を言って時間を作ってもらった。
奴は、同い年のフリーのメカニック。その腕を信頼され、その人柄を買われて店舗を持たずにその腕一本で食っている。
それこそ今の時代だからオンラインでのやり取りはあったものの会うのは十数年ぶり。相変わらずストイックで真面目で、でも表面はおちゃらけているいい男だった。うん、めっちゃいい男だったなあ。




こっちから押しかけたのに何故か蕎麦をご馳走になりながら(時節柄何処も混んでて四件目でようやく店に入れた、本場の田舎蕎麦、本当に美味しかった)、グダグダと雑談。店を出て灰皿の前で汗をかきながら更に雑談。更にコンビニに移動して雑談するも後ろ髪を引かれる思いで別れる事に。お互い生きてるうちにまた会おうぜ、と再会を約束して別れる。




奴のタバコは僕と同じアメスピだった。いいタバコ。
吸っているタバコの銘柄で(吸っているか否かでも)そいつが世の中とどう付き合っているのかは分かる気がする。僕は酒もタバコも重くてキッツイのが好き。辞める気は今のところない。




山形の変人と別れて酷暑の国道13号を北進する。この日は本当に暑くて、路上にある温度計は摂氏37度を指していた。

片側2車線の右側を走っていると、左車線に荷物を満載したソロで走ってるバイクが見えた。近付くとナンバーの下に何か書かれたプレートを付けている。見れば「ただいま日本一周中」の文字。ははは、昔は沢山いたけどこういうバカ最近減ったよな、と思いながら追い抜きざまに短くクラクションを鳴らし、左手でガッツポーズのハンドサインを出す。
え、よく見りゃ女性ライダーじゃん、ソロで日本一周かよ、ひゅー、やるねぇ、めっちゃナイスガッツ。バックミラーで追えばわざわざアクセルを離して右手を振ってくれている。いい旅をね。お互い無事に家に帰ろうね。




最近はガソリンスタンドの数も少なくなって旅をする上では気を遣う。ま、くっそつまらない話をすればLoser号はプリウスよりも燃費がいいのでそういう意味では助かるけどね。今回の旅でも一度もリザーブには入れなかった。
それにしても西陽が痛い。




これだけ暑いと人間もオーバーヒートする可能性があるので1時間に一本は休憩を入れ、水分を補給する。
ここまでくると旅はもう終盤。疲れて早く家に帰ってシャワー浴びてビール飲みたいって欲求と、永遠に彷徨っていたいという欲求が交錯する。ま、僕は凡人だから結局家に帰るんだけど、そのスパンはもうちょっと長くしたいな。次は2泊3日だな。その後はもっと長く。

なんて言いつつ、横手から湯田経由で馴染みの県道1号に入ると、帰ってきたなぁ〜って気持ちになる。15年住んでもさっぱり好きになれない街だし、大して遠くに行った訳でもないのにね。何なんだろこの気持ちは。
道路の両側で焚かれている迎え火を眺めながらラストスパート、無事帰宅。総走行距離600km。昔は下道オンリーで1日500kmとか普通に走ったから健脚は衰えてるね、でもツアラーのリハビリとしちゃこんなモンだろ。


ああ、でも、また帰ってきちゃったなぁ、この街に。





ちょっと長くなったんで一旦切りますね、続きは明日書きます。







P200Eも復活 / Teardrops「気をつけろ」

熊本のベローチェ・スクーターズさんに修理を依頼していたPパイセンのステーターが修理を終えて戻ってきた。忙しそうな中、迅速に対応して頂いて感謝なのです。




修理の依頼内容は、ボロボロだった配線の引き直しと、予防整備でピックアップ、エキサイター(チャージ)各コイルの交換。コイル類は機能していても交換をお願いした。せっかく遠方に送るのだからね。
配線は国産のものを使い綺麗に引き直されている。




ベローチェさん曰く、エキサイターは大丈夫だったけどピックアップは怪しかった、との事。しかしこのイタリア製の配線のボロい事…。ET-3もそうだったけど、旧いイタリア製のスクーターを手に入れたらこの辺にしっかり手を入れなければならないという事なんだろうな。
ベローチェさんもインスタで修理の様子をアップしてくれてたんだけど、僕も組み付ける前に一応各配線間の抵抗値をチェック。バッチリOK。よーし。

で、サクッと組み付け、緊張のキック。余裕のキック一発始動。おー、すげえ。

が、ギアを入れて走り出すとエンジンが吹けない。ボボボと失火してしまう。ん?点火時期ズレてるのか??確認してみっか。




という事でマグネットスタンドにダイヤルメーターをセットし、上死点を出し…





円周分度器でBTDCの位置をマーキング。P200Eの場合、BTDCは23度。BTDCの位置の線が変に太いのは見逃してください。

が、タイミングライトを当ててみると点火時期はバッチリ出ている。んー?どういう事??
蒸し暑い中、しばし腕を組んで考えてみたがさっぱり分からない。始動性は良好、空吹かしで吹ける感じもいいんだがある一定の回転数から上が上がらない。

仕方ないのでベローチェさんに問い合わせてみると、色んな要因は考えられるけど、症状はピックアップ不良のそれだから、ちょっと交換してみてもらえます?との事。了解ですありがとうございます、と手持ちのピックアップの中で一番抵抗値がマトモだった奴を組んでみると…吹けるようになった。うぇーい。


ピックアップはピアジオ純正品を組んでくれたみたいなんだけど、それの初期不良だったんだね。抵抗値が正常でもちゃんと動作しない事もあるんだな。
車体に付けての動作確認も出来ないステーター単体での修理を依頼して、数値的には正常な値が出ていたのだからこれは仕方ない。逆にこういう方法で修理を依頼するのであればこちらの方でもこの程度のエラーに対応出来なければならないよね。問い合わせにも丁寧に応対して頂いたし、大満足の修理でした。




雲行きが怪しかったが試走に出掛ける。僕は雨には当たらなかったが途中から道路が濡れてて、家から30分くらいのところにあるダム湖周辺は結構降ったみたいだった。湿ったむっとした風の中に感じる夏の匂い。今年も僕が大好きな季節がやってきた。

吹け上がりは以前と比べると全然良くなった。半分千切れかかった配線を引き直してもらったんだから当然だけど、めっちゃ気持ちよく走れる。
交通量の少ない田舎道を、制限速度プラスαくらいのスピードで流すのはやっぱりとても気持ちいい。ディスクバルブの2ストローク、という前時代的なエンジン形式だけど、排気量もそこそこあるので流れに乗れないという事はなく、その気になればそれをリード出来るくらいにはスピードも出るし、何よりも走るのが面白い。今年の盆はがっつり休む予定なので隣県辺りまで走りに行こう。

やっぱりベスパは楽しいなあ。あと2台くらい欲しくなっちゃうね、フルチューンの50sと、ガチの旧車とか。あーヤバい。




これで先月から我が家のバイク達を襲った怒涛の電装系トラブルは全て解決した。助力頂いた方々には最大限の感謝をしたいと思います。ありがとうございました。




なんか変な大人になっちゃったよなー、なんでこんなになっちゃったんだろう?なんてたまに自分で思うけど、高校3年生の時に買った一枚の7inchシングルレコードが大きな原因のひとつだった事に数年前に気付いた。当時はそんな意識なかったんだけどね。

山口冨士夫さん率いるTeardrops「気をつけろ」。

山口冨士夫さん。イギリス人(確か軍人)の父親と日本人の母を持つ混血のギタリスト。孤児院育ちの本物の不良。そんな氏が’89年にティアドロップス名義でリリースした曲。

今聴くと楽曲としてはそんな大した曲じゃないよなあとも思うけど、何故かこれを初めて聴いた18歳の僕の心に深く深く刺さったんだね。この曲と冨士夫さんの人となりによって、僕の中に「心優しいロクデナシ」が一番カッコいいという価値観、というか美意識だね、が、がっつりと刻まれた。そしてその棘は今だに抜けていない。この曲の事は初めて聴いた時からずうっと好きだった。今も大好き。

人に優しく出来るくらい強くなれたのなんてそれからずっとずっと先の事だったけどね。


冨士夫さんがロクデナシだった所以は、ドラッグ癖。しかもヘロインだったんだよね、史上最悪とも言われるハードドラッグ。それこそ僕が高校生の頃、仲間のスタイリストなんかと一緒にパクられてもいるはずだ。新聞で、逮捕された時の記事読んだの覚えてる。
数年前に冨士夫さんが亡くなった時を境にYouTubeで氏関連の動画がかなりの数削除されてしまい、いい動画もたくさん観られなくなったんだけど、どっぷりストーンしている状態でギター弾いてる動画のまあ何と多かった事か。大麻ごときで大騒ぎしている現代じゃ考えられないね。

確かにロクでもない癖を持った人だったけど。でもね、「法律を犯さない狭量な人間」よりもこういう人の方がよっぽど人肌があって好き。極端な二元論だって分かって書いてるけど、僕は絶対にそう。


この7inch、失くしちゃったんだよなあ。大切にしてたのに。買い直そうと思えば出来るんだろうけどレコードプレイヤーも持っていない。僕はCDで音源持ってるけど、前述の通り冨士夫さん関連の動画って結構な確率で削除されるし、このチャンネル中古レコード屋のチャンネルだから売れたらUP主が削除するかも。
聴きたい方は今のうちにどうぞ。






レギュレーション

時間が作れたので、P200Eのステーター摘出をやってしまう事に。
未知の作業って、取り掛かるまでにものすごくエネルギーを使う。あれこれ仕組みを想像してみたりネットで事前に調べてみたりはするんだけど、最終的には出たとこ勝負になっちゃうからね。始めてみないと自分の手に負えるのかどうかもわからない訳で。

今回の作業も、ラージのフライホイール外すのとか初めてだし、夕方から仕事の予約が入っているし、今日やっちゃっていいかなーと少し躊躇したんだけど、何とかなるだろーと腹を括ってツナギに着替えてバラシを開始。




サイドカバーを外し、フライホイールカバーを外し(この年式は雰囲気のあるマイナスビスで留めてあった)、センターナットをインパクトでがーっと緩め、SSTを使いフライホイールを外すとこの状態。やってみたら10分くらいで出来ちゃった。おー。




スモールには無い、ステーターの位置合わせ印があった。何故かズレてるね。この位置で正常な点火時期が出るのかな?まあ後日上死点を出してタイミングライトで確認してみてもいいね。
取りあえずは現状の位置をマーキングしてこの通り組み直そう。




で、配線を外してステーターAssyが完全フリーになるまで20分くらい。今回は首尾よく行きました。
やってみると、CDIが車体右側、エンジン後部にマウントされているせいか、スモールよりも作業し易かった。案ずるより産むが易し。



ステーターは、ピアジオマーク入りのDUCATI製。ほぼ間違いなく当時の純正品。これを熊本のヴェローチェ・スクーターズさんに送って配線の引き直しをしてもらう予定。ついでに予防整備でピックアップコイルとエキサイターも交換してもらうつもりで、只今受けてくれるかどうかをメールで問い合わせ中。

我が家にある2台のベスパのこと、誰も面倒見てくれないからね。乗り続けたいんだったら自分で手を汚してこの程度の作業はしなければならない。
正直、楽しい事ばかりでもない。今回みたいにすんなり作業が進めばいいけど、そうじゃない時も多いし、仕事が忙しくていつも疲れているし、何か問題を抱えていて考え事をしたい時なんかに修理しなきゃならない事態に陥る時なんかはぶっちゃけかなり面倒くさい。毛布にくるまってソファに寝転んで本を読んでいたい時もあるさ。
でも不動状態が長く続けば続くほど復活へのハードルも高くなる事を経験上知っているから、そんな日でもツナギに着替えて工具を握る。

だし、結局僕ってそのくらいしかやる事ないからね。一生懸命仕事して、飯作って食って、酒を少し飲みすぎて寝て、たまの休みにはバイクに乗ってここではない何処かにふらっと出掛けて、そんなバイクが壊れたら修理して、そんな日々を文字に起こして。それしかする事ないんだよな、気分がいい日もそうじゃない日も。


でもそのお陰で、受肉化された文章は書けるようになったかな、という自覚と自負はある。自分で手を汚した結果を上手く文字にできるようになったというか。
観念的な文章は自分でもすっかり読まなくなってしまった。いくらいい事が書いてあっても面白くないんだよなあ。







「趣味にはレギュレーションがあった方が面白い」という名言を吐いたのはSteel Scootersさんだったと記憶しているけど(記憶違いだったらごめんなさい)、これは実に至言で。
ここでレギュレーションという言葉は多分「制限」とか「制約」という意味で使われているんだけど、まあ具体的には、予算に限りがあったりとか、なかなか修理にかまける時間が取れない、といった事ね。
お金も時間も無尽蔵に趣味に使えたら、それはそれで面白くないよなあって思うのは僕が凡人だからかも知れないけど、僕は本当にそう思う。
今年のボーナスであの部品を入れよう、とか、どうしてもあそこいじりたいから節約しよう、とか。工夫、なんていうのも制限や制約があって初めて生まれるものだとも思うしね。
そういうものがあった方が、少なくとも凡人にとっての趣味は絶対に楽しくなる。これは本当にその通りだと思う。

近くにベスパを修理できるプロが居ない、という事も、僕にとっては大事なレギュレーションのひとつなんだと思っている。時々めんどくっせーな、と思いながらも結局自分で修理するしかないから頭も使えば手も汚す。
誰も診てくれないというレギュレーション(制約)があるから、乗れば壊れるベスパに乗り続けるという事が大事な趣味として成り立っていると言い換えればもっと分かりやすいか。

ここで大事なのは「めんどくさいから乗らない」という選択肢は無い、という事。そんな人生はきっと面白くない。悩みや苦しみが全くない人生があったとして、その味気なさを想像するだけで僕は軽く鳥肌が立つ。
いや、めんどくさいから乗りたい、という訳ではないんだけどね。






やっぱりポール・ウェスターバーグもいいなぁ。この曲大好き。





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