ET3のエンジン焼き付き修理 その10

僕を可愛がってくれた個タクの先輩の急な訃報で起こされた朝。
2週間ほど前から入院していて、覚悟はしていたけどいざとなるとやはり悲しい。というか、急過ぎて未だに信じられないというのが本心だ。

だって、8月の末にふたりで山の中に魚を獲りに行ってからまだ一月経ってない。その時はこんな事になるなんて夢にも思わなかった。
氏はその直後に体調を崩して仕事を休みがちになり、それでも記録をたぐってみると今月の1日には宮古でふたりで昼食を食べている。明らかに痩せて体調が良くなさそうな先輩に、大丈夫ですか?と尋ねたら、うん、食欲なくてな、飯が食えねえんだ、と。確かに頼んだラーメンを半分残していたけど、その頃はこんな事になるなんて誰も想像出来なかった。それから20日経ってない。

久しぶりに、それも好きだった人の最期に触れて、本当に明日の事はわからないという事を痛感させられた。病気だってもちろんそうだけど、仕事も趣味も路上だ、少し距離を置いてそんな暮らしを眺めてみれば、僕の身だっていつ何時、何があるかわからない。
まあそんな事にビビってたらこんな稼業やってられないけどね。

でも。
最期の時って何を思うんだろうね。自分だったら何を考えるんだろう?そんな事を考える一日でした。
22日が葬儀だそうです。お別れをしてきます。




メソメソばかりしていられないので、早起きついでに今日もET3の作業。それこそ明日死ぬかも知れないし。
ガソリンタンクに錆が出てたんだよね、車体丸ごと整備するとしたら見過ごせないくらい。この程度の作業にプロの手を煩わせる事はないでしょ。




目視で確認出来るのは、一度錆び取りしてあるのかな、というこの状態。そこからうっすらと錆びてきている。
でも本格的にヤバいのはタンク上板の裏で、こないだコック交換している時に気付いたんだけどジャリジャリに錆びている(目視は出来ないけど指で触ると感触で分かる)。
混合油が入るタンクだから基本錆びづらいんだとは思うんだけど、そこはやはり車齢かな。そのうちやろう、いつかやろうと思っていた作業を実際にやり始められるのは締め切りがあるからに違いない。




使う薬剤は、タンク内の錆び取り剤の超定番、花咲かGのタンククリーナー。安いものではないんだけどタンクを買うよりは安い。
評判はいいね、というかいい評判しか聞かない薬剤。裏に書いてある説明書どおりに作業する。




天板も全て薬剤に浸るように角度を調整してこれで数日放置します。




コックを外したついでって訳じゃないんだけど、カチカチに硬化していたフューエルラインも新たに作り直す。少しだけ長めに作って組む時に微調整します。


で、車体を軽く清掃。1ヶ月以上に及ぶ奮闘努力の際に油で汚れた指の跡が白いボディにたくさん付いてて、なかなかホラーな様相だったので。まあ歯医者に行く前の歯磨きみたいなもんです。




実際にET3をステップワゴンに積んでもみた。仲間のと2台ET3を積んで行く予定なのでシミュレーションしとかないとね。
まず、ミラーを外さないとゲートをくぐらせる事が出来ない。で、前方と側方に思いっきり寄せてようやくスモールボディが2台積めるかな、って感じ。やってみておいて良かった。




セカンドシートを折り畳み、ギリギリ前まで寄せてようやくリアゲートが閉まる。ET3にリアキャリアが付いてなければこんなにタイトじゃなくても大丈夫だけど。
このくらいの積載性なのはやはり乗用車改ゆえなんだろね、ハイエースとかだったらベスパ2台なんて軽々スッポリ入っちゃうんだろうし。
でもセカンドシート外せば中型車なら2台積めるし、リッタークラスでも入るのは入るらしい、仲良しのデザイナーT氏はしょっちゅうバイク積んで遠征するくせにずっとステップワゴン改貨物に乗っている。もう30万km走ったから次のトランポ探してるとかって、またステップにするみたいだし。あれだけ使えばハイエースの方がいいんじゃね??とか思うんだけど何か理由があるんだろうね。

僕がハイエース乗らないのは、高くて買えないというのがひとつ、あんなにヘビーデューティーな貨物車は必要ないというのがひとつ、みんな乗っている(台数が多い)というのがひとつ。距離も年間5000km走れば、って感じだしね、あんなに頑丈なガチ貨物車は持て余すんです。




上手い位置にシートをロックする頑丈なバーが付いていてタイダウンもバッチリ。いい感じ。


連休中にもう少し作業します。




葬式をあげてもらえるような死に方が出来るか分からないけど、その時はこの曲をかけて欲しいと思っている。
というか、戒名なんて欲しくない、墓にも入りたくない、なんてわがままな死に方出来るだろうか。でも少なからずの遺された人がいるのであればそれは叶わないのかな、死後の世界とかまるで信じてないし、仏教徒でもない僕には、戒名も位牌も墓跡に刻まれた名前も必要ないし、それは全部遺された人のためのものだと思えるから。

ま、そのくらい浮世に残していってもいいのかな、とも思うけど。逆にね、そう考えるならば。
そろそろそういうの真剣に考えなければならない歳になってきたなって自覚はありますよ、うん。






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