
私事多忙につき更新遅れました。
3日目は高速で家に帰るだけ。移動日ってやつですね。いつも通り5時30分に起き、7時過ぎにホテルを出る。ゆっくり寝たのだけど流石に少し身体に疲れが溜まっていて頭が少しぼんやりする。気をつけて帰ろう。

高速のIC近くのコンビニで一服して頭を覚醒させる。天気はまずまず、朝からパーカーにベストという格好で走り始める。
ライディングのお供のエンジニアブーツもだいぶ年季が入ってきたな、無事に帰れたら綺麗に磨いてやろう。
ホテル近くの市原ICから高速に乗る。朝早いからか道路はまだ空いていて、身体を慣らしながら本線に入り加速する。
が、高速に乗って5分も経たないうちにトラブルが発生。なんかサイレンが聞こえるぞ、とバックミラーを見たらなんと覆面パトカーが僕の後ろで赤灯を回している。げ!オレ!?というかそんなにスピード出してないぞ??と思いながらパトカーの指示通り路肩に停車する。
覆面パトカーから制服姿の高速機動隊員が降りてくる。「え、オレ何km出してました?そんな飛ばしてないっすよね?」と話しかけると「運転手さん、ここ80km/h制限なんですよ」と。マジかよ、道幅広いし超まっすぐな道じゃん。
本線に合流してすぐ、袖ヶ浦ナンバーのシルバーの200系クラウンが抜いていったのは確認していた。いかにも香ばしい車両だけど、何度も書くけど僕は最近めっきり飛ばさない。まさかこんな立派な道路が80km/h制限だとは思わず、いつも通り70MPHいかないくらいで走っていたのだ。キロでいうと100km/hちょっと、この速度ならスピード違反で捕まるはずがないとたかを括っていたから、シルバーのクラウンは全くのノーマークだった。抜き返した記憶が全く無いもんな。
どうも制限速度が100km/hから80km/hに変わる境目の部分だったらしく。「運転手さん、2回制限速度の標識を見逃してましたよ」と高速機動隊員。どうやら僕は109km/hで走っていたようで、29km/hオーバーであえなく御用となりました。
地元じゃ有名な取締ポイントなのかも知れないね、いやー朝イチで寝ぼけてました。参った。
覆面の後部座席で久しぶりのサイン会。追尾で捕まったのなんて30年以上ぶりだな、なんて考えながらヘルメットを脱ぐと、助手席の婦警さん(メガネ&マスク美人、結構タイプ)が「私たちに気づいていると思ってました」とのたもうた。ナンバープレートや積んでいる荷物でツーリング中だという事はわかっているのだろう、少し申し訳なさそうにそう言う婦警さんに、いやいや、朝イチで寝ぼけてました、オレが悪いんすよ、仕方ないっす、と返す。
そう、仕方ない。覆面だって目の前をいい音させながらスピード違反をしているバイクが走っていたら止めざるを得ないもんね。捕まる時ってカリカリにぶっ飛ばしてる時じゃなくこういう風にボーッと走っている時なんだよな。あと一年大人しくしていたら人生初のゴールド免許だったんだけどね、一気に目が覚めました。
気をつけて帰って下さいね、と言う婦警さんに見送られながら走り出す。お姉さん優しいね、生まれ変わったら付き合おうよ、とか軽口を叩くのはやめておいた。無事に帰るよ、心配ありがとう。
家の中を出ずスマホでもいじっていればこういう目に遭うこともないんだろうけど。何かやる、って事は必ず何かしらのリスクが伴うものなのだ。トラベル・イズ・トラブル。若い頃に東北一周していた時かな、道中で行き合った同年代のバイク乗りがそう言っていたのを思い出す。
これ以上トラブルがないように無事に帰ろう。
首都高を経由して東北道に入る頃には交通量はずいぶん増えてきた。ナビ無しで走れるか不安だったけど、道路標識を注意して見ながら走ったから複雑なジャンクションを間違うこともなく東北道に乗ることが出来た。首都高は右側からの合流も多く、走るのにかなり気を遣ったけど、周囲の流れに乗りつつ走る。1日に2回捕まるのとか勘弁なので。

その後はただひたすら東北道を北上する。途中結構長い事故渋滞に遭遇したけど、そんなに激しく混んでいる訳でもない道路を淡々と走る。
PAやSAで一時間に一度くらい休憩しながら走るが、やはり身体はいい感じに疲れている。走りながら賢者タイムに入った頭で色んなことを考える。
今回の旅は、出られるかどうか不安だった部分もあった。中東での戦争のせいで石油製品が不足しているから、不要不急の外出を避けるようお上からお達しが出てもおかしくない状況だったから。原油はほぼ国内に入ってきていないに等しいからね、国民に出来るだけ節約を促すのはおかしな事ではない。バイクでの旅なんて不要不急の最たるモンだし、GWに入るタイミングでそういう提言をされたらこの旅には出なかったかも知れない。
でもそういう提言は政府からは出なかった。状況はそこそこ深刻だと思うんだけどね。身近なところで、5月半ばにゴト車のオイル交換をディーラーにお願いした時、サービスフロントの方に「オイルって入ってきてるんですか?」と聞いてみたところ、ガソリンエンジン用はまだ入ってくるんですがディーゼル用のオイルはもう入ってきていないんですよと聞かされてびっくりした。ディーラーは大口のオイルを消費する事業者で、特にトヨタなんかは独自のキャッスルブランドのオイルも作っているから小売に比べて比較的安定して仕入れが出来るはずなんだけど、それでもディーゼル用のオイルはもう入ってこないらしい。
3月だったかな、ME06に入れるためのオイル(ワコーズの10W-40)を3L買った。オイル交換2回分だ。今日の時点でネットショップを確認すると、ワコーズのオイルは正規の値段ではもう買えない。転売価格の超高値でごく少数が売られているだけだ。メーカー出荷の製品はほぼ流通していないということだ。買っておいてよかった。
4月半ばにいつもより1.5倍くらい高い値段で注文したゴト車用の20Lのペール缶のオイルはひと月かけてようやく先日届いた。その商品もさっき確認してみたら販売は中止になっていた。
僕が実際にした経験の中でも原油由来の製品の流通は確実におかしな事になっている。考えてみれば当たり前のことで、消費量のほとんどを輸入に頼っている原油はここ数ヶ月ほぼ入ってきていなく、200日分少々の備蓄を切り崩して流通させているのだから。
このまま戦争が続けば、その備蓄だっていつかは底が尽きるだろう。今まで通り普通に暮らしていていいんだろうか、という少しの不安が頭をよぎる。緊急時だから皆さんの協力で極力石油製品を節約しましょうという提言を出して反対する国民はそんなにいないんじゃないかと思うんだけど、行政は頑なに原油は足りている、流通していないのは目詰まりを起こしているからだと繰り返すのみ。ナフサ不足でパッケージを白黒に変えたお菓子メーカーに対し政府高官が「売名行為だ」と侮辱したという話も聞いた。
なんでなんだろうね。人の気持ちは想像することしかできないからあまり書きたくないんだけど、内閣府や首相は思考がものすごく近視眼的になっていて、目先の支持率にしか興味がないように僕には見える。だから余計に少し怖いのかも知れないね。内閣の支持率なんて僕らの生活には1ミリも関係ない事だしね。
だし、支持率を下げたくないがために適切な施策を取らない事は、中長期的にみれば僕らの生活には大いに影響を及ぼすだろう。物流が滞ったり、物の値段がが一気に上がったり手に入らなくなったり。たまにタンカーが1隻入ってきたという(結構大袈裟な感じの)ニュースを見るが、タンカー1隻分の原油は日本の1日の消費量に満たないんだってね。数時間で消費してしまう量らしい。
バイクの乗れなくなるのは寂しいが、言うて趣味なので我慢も出来る。でもガソリンやエンジンオイルが手に入らなくなるのは困る。クルマを走らせることが出来なくなれば生活が立ちいかなくなる。どこかから給料を頂いている身分じゃないのでね。
戦争が終わるのが一番なんだけどね。でもこればかりは自分達ではコントロール出来ない事だから。だから、ふんわりと思う事を書いてみました。このくらいしか僕には出来ませんが。

閑話休題。
FXRでの高速走行は楽しい事は何度も書いているけど、こういうツーリング記事を書いていて困るのは写真を撮る場所がSAかPAしかないという事。要は映えない。
休憩って言ったってトイレに行って水を飲んでタバコを吸うくらいだからね。これはありがたい事と表裏一体なんだけど、書くネタもない。淡々と時速100kmで走るだけから。
それでも空が綺麗な、春らしい1日だったなあ。忙しい日々に追われてなかなかパソコンに向かえなかったけど、あれからもうひと月以上経つんだな。

栃木名物のレモンミルク。レモンとミルクって絶対相性悪いだろって思うけど飲んでみると意外と美味しい。
疲れているから甘さが身体に染み渡る。

そうそう、数年前の福島ツーリングの際に寄った安達太良SAに寄ってみた。この天気だったら以前は見ることが出来なかった安達太良山が綺麗に見えるんじゃないかと。
高村光太郎の智恵子抄だね、中学の教科書に載ってたのを覚えている。おっさんになってから、遠藤ミチロウさんがそれを思い出させてくれた。
ミチロウさんが亡くなった時に書いたね、今確認したら当時とURLが変わっていたみたいなので再びリンクを貼ってシェアします。震災から15年経って、ミチロウさんも亡くなって、その事を記した文章を僕が書いてからもいろんな物やいろんな事が変わってしまったなあと思うけど、この文章は変わらずにとてもいい一文です。
この辺りからは走りは耐久戦の様相を呈してきた。地図アプリによるとこの日の走行距離は500kmを超える。ほぼ高速オンリーだとはいえなかなかパンチが効いている。
ニュースを見ると、同年代のバイク乗り達が毎日のように散っていく。旅の途中に用事があって仕事の後輩と電話で話したんだけど、くれぐれも気をつけてくださいね、と釘を刺された。ええ、絶対期生きて帰りますとも。まだ行きたい所ややりたい事がたくさんある。今、不慮の事故で死んでもそれは仕方のない事だけど、きっと後悔すると思うんだよね。だから危険は犯しつつも最大限に気をつけて走る。
さっきも書いたけど、家の中でスマホいじってればこんな思いをしなくてもいいしこんな事に気を使わなくてもいいのだ。でもそんな人生は僕は嫌だ。トラベル・イズ・トラブル、上等だよ、万難廃して無事に家に着いてやるよ。

宮城県に入った辺りで、風圧と振動でミラーがグラグラになった。工具持ってきてないんだよね、困ったなあと思ったら休憩で寄ったPAに工具を持っていそうなヤンチャなクルマが2台停まっていたので声をかけ、工具を貸してもらって締めて復活。ロングに出るならプライヤーくらいは持って歩かないとダメだね、勉強になった。
だんだんと火が傾いてきて寒くなってきたのでコーチジャケットを着込む。家に着くのは18時を過ぎるな。あとひと頑張りだ。

そして18時過ぎに無事に家に辿り着く。やった無事に走り切った。心底疲れているから暖かい湯船に浸かってビールを飲んでゆっくり眠ろう。
この日の走行距離578km、3日間の総走行距離1265km。よく走った。とてもいい旅だった。次のロングはお盆、そして9月のシルバーウィークかな、どこに行くか今から考えよう。


旅から帰って、FXRのミッションオイルを交換してフラッシングのため40マイルくらい走って、ミッションの不具合に変化がないことを確認してから主治医に連絡を入れ、修理のために引き取りにきてもらう。
主治医も初めはクラッチを疑っていたようなんだけど点検の結果異常がなく、ミッションのカバーを開けたところ鉄粉がたくさん出てきたそう。僕もミッションオイルを抜いた時ドレンプラグのマグネットに鉄粉が結構な量付いていたので覚悟はしていたけど、かなり大掛かりな修理になりそう。
5月13日に入庫させて今日(6月8日)現在連絡がないので、時間を見て手をかけてくれているんだと思うけど、手元ににFXRがないのは寂しいね。まあ仕方ない、修理が上がってくるのを待ちましょう。

エンジニアブーツもピカピカに磨いてやった。東北はまだ梅雨入りはしなさそうなのでバイクに乗る機会はあるな。
ちょっと元の家族の事でバタバタしていて泊でツーリングも出られるかは微妙なんだけど、まあタイミングが合えば6月も一泊くらいでどこかに行きたいな。
ジャクソン・ブラウンが書いた大好きな曲なんだけど、元々ニコやグレッグ・オールマンに提供した楽曲で、後にセルフカヴァーしたんだって話を聞いた事がある。
グレッグのヴァージョンもいいね。ヴォーカルは一番好きかも。
でも一番好きなのは本家ジャクソン・ブラウンのテイク。素朴なミックスに演奏、デヴィッド・リンドレーのスライドギターが素晴らしい。
お気に召しましたら、いい夜の素敵なチルタイムのお供にどうぞ。