・地元のパイセン
8月11日から14日まで、今年のお盆は4連休だった。当然旅に出るつもりで、でも休みの間ずったり長旅をするには気力体力が足りてなくて、12日13日の二日間、一泊二日の小旅行をする計画を立てていた。
ホテルを予約したのは出発の10日くらい前だったか、その頃の天気予報はお盆の間中全力の晴れで、今年の夏休みもいい時間を過ごせそうだとワクワクしながら過ごしていたのだけど、5日前くらいから予報が変わった。どうやら雨が降るらしい。
初めは屁とも思ってなくて。地元の先輩も言ってたよ、雨にも負けず風にも負けず、って。多少の雨なんてへっちゃらだって。
長旅用に30年以上ぶりにフルフェイスのヘルメットも買っておいたし、天気が雨予報に変わってからは急いでブーツカバーも入手した。準備は万端だ。
弱気になった時は、キャプテンハーロックの名言「男にはな、負けると分かっていてもいかなければならない時もある。死ぬと分かっていても戦わなければならない時もある」を心の中で反芻した。
でも。
どうやらその雨の正体は半端ない大きさの台風だったらしく、出発3日前には記録的降雨量が予報される事態に。マジかよ。
その時点でホテルのキャンセルも考えたんだけど、当日朝まで粘って判断する事にした。台風の気が変わって急に進路を変えるかも知れないしね。一縷の望みをかけて、って奴だ。
そしてトップ画が出発当日の天気予報のスクショ。ダメだねこりゃ。
台風は北東北を縦断するらしく、雨雲レーダーなどもつぶさに見たんだけど、どういうルートを取っても2時間は激しい風雨にさらされるみたい。諦めてクルマで行くことに。がっくし。
地元の先輩のようにも、ハーロックのようにもなれなかったよ。雨にも負けたし風にも負けた。
この旅のためにせっかくカッコいいメット買ったのになー。まだ部屋の中でしか被ってねえよ。台風5号、オレの夏休みを返せ。
ちなみに買ったのはSHOEIのグラムスター。人生初SHOEIです。デザインがシンプルで、軽い。FXRにも合うし、SRに乗っても似合うと思う。
そんな訳でステップワゴンで出発。この時点ではまだ青空も出ていた。
高速に乗ってすぐ何台かのフルに旅装備のバイクを何台か抜いたんだけど、全員当然のようにガッチリレインウェアを着込んでいる。そしてシールドの奥の眼が皆真剣だ。戦場に赴く兵士のような緊張感がこっちにも伝わってくる。
みんな無事でね、武運を祈っているよ。
それから30分も経たないうちに叩きつけるような雨が降ってきた。凄まじい雨量だ。雨とクルマが巻き上げる水煙で、ヘッドライトを点けなければとても怖くて走れない。
正直クルマから出る気も無くなるくらいの降り方だったのでタバコも吸わずにそのまま進み続けた。
あ、まだ書いていなかったけど、今回の旅の目的地は福島県。ホテルは郡山市に取ってある。二日目に裏磐梯をぶらっとする予定。宿泊地を福島市じゃなく郡山にしたのには理由があって、それは後述します。
・久々の福島県中通り
福島県に入る頃雨は止んだ。飯坂ICで高速を降り、飯坂温泉峡に向かう。
どうも福島には円盤餃子という名物料理があるようで、餃子好きな僕はそれが食べたくなった。福島市内で食べるのも考えたけど、市街地走行や駐車場の事などを考えると飯坂エリアにあるらしい名店を訪ねるのがいいんじゃないかと考えた訳。来た事無かったしね、飯坂温泉って。
改めて調べてみると、飯坂温泉は長い歴史のある由緒ある温泉街で、実際に訪れるとそんな歴史を肌で感じられる。何十棟とあるホテルの建物の中には廃業して半分廃墟になっているものもあり、そんなディストピアな風景も高度経済成長からバブル景気の崩壊を経て現在へと続く時代の流れが感じられて、眺めていると軽く時を忘れる。
同時に福島県中通りは関東地方から東北へ入る玄関口だったりもして、文化が交わる合流地点でもある。北東北とは明らかにバイブスが違う。まして飯坂温泉は観光地でもあるし。
餃子屋で僕の隣に座った熟年カップル(多分不倫旅行)が話す言葉も完璧な標準語だった。観光客は関東から来る方が多いんじゃないのかな。
バイクやクルマで走るのもいいけど、こういう雰囲気のある宿場町でのんびり過ごす旅もいいのかもね、そんな風に思った。
そうね、空の広さや道端に立っているラーメン屋の看板のフォント、走っているクルマの雰囲気も僕の住んでいる街とは違っていて旅情を掻き立てられる。こういうのは高速道路を走っていては気付かないことだから、やっぱり僕は下道を走るのが好きだ。
移動は高速を上手に使って、要所要所で下道を走って、みたいに使い分けたら旅の行動半径も広がりそうだ。
飯坂から郡山市までは国道4号線を走った。デニーズなんて僕が住んでいる街にはないからねー。これだけで遠くに来たなあって感じがするよ。
・片翼タトゥーの妖精
さて、郡山市に着いて予約した安ホテルにチェックインした。
盛岡から見て手前の、福島県の県庁所在地たる福島市に宿を取らなかったのには理由がある。郡山市の方が繁華街が断然大きいらしいのだ。
郡山って地勢的に関東からの、東北の玄関口的な街なんだよね。東北道も東北新幹線も通っているから、関東からだと物理的に郡山を通過しないと東北に入れないのだ。
今ではずいぶん大人しくなったらしいけど、だから昔の郡山の夜の街は相当賑々しかったらしい。
そんな街でやりたいことがあった。
去年ほぼ丸々一年間イケてない日々を過ごしてしまった結果、いろはすのペットボトルみたいに頼りない僕の心はそれなりのダメージを負った。ずいぶん良くはなったけど、人間不信だったり女性恐怖症だったりからは完全には回復していなかったりする。
でも、そういうのももういいだろう、そろそろ普通の暮らしに戻らなければ。
という訳で、ネオンの賑やかな繁華街で自分にミッションを課す事にしたのだ。峰不二子も言ってたよ、つまづいたのは誰かのせいかも知れない。でも立ち上がらないのは誰のせいでもないわ、って。
具体的には、夜のお店で接待してくれた女の子を死ぬほど笑わせる。イケイケだった30代の頃は普通に難なく出来ていた事だ。
それがこの日の試合内容。プロの胸を借りてのリハビリって言ってもいい。めっちゃ楽しい時間を過ごして、失くしてしまった自信を取り戻すのだ。
事情が事情だから、この試合の内容が2024年後半から続く将来を左右すると言っても過言ではない大事なカードだ。絶対に負けるわけにはいかない。
通りがかった居酒屋でビールを飲んで軽くウォーミングアップをする。
案内所でガールズバーを紹介してもらい、お兄さんに店まで案内してもらう。ドアの前で待っていた女の子がカウンターの反対側に立った。試合開始のゴング代わりに乾杯のグラスの音が店内に響く。
少し変わった子ではあった。耳や舌にゲージのピアスがじゃらじゃら、背中から右肩にかけて大きめの翼のタトゥーが入っている。そのタトゥーなんか意味を込めているの?と聞けば「小さい頃、大人になったら絶対に空を飛ぼうと思ってたんだけど、飛べっこない事なんてそのうち気付くじゃない?でもその気持ちを忘れたくなくて、20歳になるのを待って速攻で入れたの」みたいな話をさらりとする。何故片側だけ?「んー、両方に入れたらホントに飛べると勘違いしそうじゃない?」なるほどねー。
序盤はなかなかの滑り出しだった。
試合中盤、割と強力な共通の話題がある事が分かり、僕は勝利を確信した。それ以降は他のキャストさんや客が、なんかあそこめっちゃ盛り上がってんなーって視線をチラチラ投げてよこすくらいの大盛り上がりで、僕もこれが大事な試合なんだって事をそのうち忘れてしまって純粋に会話が楽しかった。
なんだオレ会話楽しんでんじゃん、楽しめてんじゃんって気づいた時には勝ち負けなんてどうでも良くなっていた。
あっという間の2時間が過ぎ、丁寧にお礼を言って店を出た。今になって思うと、あまり話の合わない子が付いて全然盛り上がらなかったら目も当てられなかったなーって思うけど(全然あり得る話だ)、きっと郡山のガールズバーのあの子は神様が遣わせてくれた妖精だったんだなって思ってる。思い返して後日訪れてもきっと店ごと跡形もなくなくなっていたりするんだぜ。僕に成功体験だけ残してね。
しかし遣わせた妖精がピアスじゃらじゃらの片翼だとかってセンス良過ぎだろ、さすが僕の神様。
2日目に続きます。