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カテゴリー: Music (page 1 of 6)

トンネル抜けて

水曜日は定期便の仕事が無い日で、事実上の定休日みたいになっている。
今日がまさにその日で、でも微妙に雨予報だったから、雨なら仕事、晴れたら免許証の書き換えに行こう、とか段取ってたんだけど、朝起きたらAM9:00過ぎ。寝坊ですな。やっちまった、昨日ちょっと飲み過ぎたからなー。

天気は雨だったんだけど、街場の仕事が忙しくなるほどの降りかたでもなかったから今日は休む事に決めてニドネ。至福。布団大好き。

で、昼前に起きたらいい感じに晴れてて気温もそこそこ。おーこれは昼飯でも食いに行こー、とPパイセンにまたがり北を目指す。


市内から30分くらいかな、蕎麦所の山形スタイルの蕎麦が美味しい店があるんだよね。思い出した頃にちょくちょく食べに来てる。



蕎麦は太めの田舎そば。盛りもよく、たっぷりのイカ下足天が付いてくる、典型的な山形のワーカーズスタイルの蕎麦。
山形には安い値段でこういう形で蕎麦を出す店がいくつもあって、労働者たちの昼食を提供している。彼の地では値段も安いんだ、蕎麦って値段は少々高いイメージあるけど、500円、600円とかで食べられちゃう。住んでた頃はよく食べに行っていたなあ(ちなみにこの店のこの「盛り天」は800円)。だから気軽に昼食として食べられるんだね。

蕎麦所だからもうちょっとお金を出せば当然もっと美味しい蕎麦も食べられて、まあちょっとした蕎麦天国なのね。山形って。麺好きの僕はいつかまた腹一杯旨い蕎麦食いたいなーって思っているんだけどなかなかその望みは叶えられていない。
あ!そういえば山形の変人に会いに行くって約束も果たせていないなあ。これは近々行けって事か。



帰宅後はクラウンのプラグ交換。時期だったんだよね。前もって新しいプラグは準備してた。
最近のクルマはプラグ交換に滅茶苦茶手間がかかるというのが通り相場なんだけど、このクルマの1TR型エンジンはそれほど大変でもなくて、小一時間で交換作業は終了。この辺は商用車ならではかなー。



9万km走ったプラグはこんな感じ。電極に減りは見られないけど、ガイシは変な色に焼けている。ちなみに付いていたのはデンソーのイリジウム。
それこそ今出来のクルマなので、空燃費調整するとか出来ないから「だから何なの?」くらいに思うしかないんだけど。



新しいプラグはNGK製。何でもLPG車専用のイリジウムプラグなのだとか。
使用限度間近のものを新品に変えたのだから当たり前だけど、エンジンの回り方は少しジェントル?になったし、始動性も少し良くなった。今まで「カシュシュシュ!」で掛かっていたのが「カシュシュ!」で始動するようになったというか。アイドリング時の微振動も少し減った気がする。



で、その後は月に一度のボディコーティング掛け。愛用のBlissを施工。道具の手入れだね。そういう感覚。



施工後はスパッと撥水。気分いいねー。
飲み過ぎて寝坊した割には充実した休日でした。



夜更かしして飲み過ぎた原因はこの曲。

なんか昔から、ヨコチンって◯◯に似てるよねー、ってよく言われて、10代後半から、30代半ばでグレて髪を伸ばすまでの20年近く、それこそ前のエントリに上げた女装写真の頃ね、は、先日鬼籍に入った萩原健一さんに似てるね、って散々言われてた。多分通算100回以上は言われたと思う。
親がそれを嫌がってね、あの通り素行が良くない人だったから。まあ僕だって似ようと思って作ってた訳じゃ当然なかったからどうしようもなかったんだけど。

割と最近、お前どんとに似てるよな、と同級生に言われて。元BO GUMBOSの、故どんとさんね。まあ確かに顔の作りは多少似てるかな程度だけど、どんとさんは好きな人だったからそれは素直に嬉しくて、そお??なんて照れながら返したんだけど。
で、昨晩そんなに似てるかね?という思いもあり、ボ・ガンボスの動画をYouTubeでずっと見てたらこの動画に行き着いて、頭のてっぺんからつま先までしびれた。こんな曲あったんだ、知らなかった。


定期便の仕事中にトンネルに入ると、カーナビが「この先あと何kmでトンネル出口です」というアラートをしゃべる。ある程度の長さのトンネルの出口は、入り口と路面状況が全く異なる事も多いからだと思うんだけど。
冬場だと、入り口に積雪が全くなくても出た途端に圧雪だったり凍結してたりなんて事はザラだし、今時期でもそれまで曇天だった空模様がトンネル抜けた途端に雲ひとつない快晴だったりする事もある。


「やな事があってもすぐに空は晴れるよ」という、氏らしい優しくふわりとした短いMCの後、マイクの前で数秒間気持ちを入れて、どんとさんは歌い出す。


風が騒ぐ夜は
家に帰りたくないよ
みんなねごと言ってる夜は
風が騒ぐ夜は
家へ帰りたくないよ
君を叩き起こしに行くよ
目を覚ませよ

Bo GUMBOS「トンネル抜けて」 作詞作曲 Bo GUMBOS



シンプルでまっすぐなメッセージは聴く人の耳にもまっすぐに届く。僕自身が今抱えている心持ちにあまりに近くて驚いて、これは何のタイミングなのか。多分昨日の夜だけで30回はリピートして聴いたと思う。

イントロとアウトロはキョン氏との心のこもったハモり。演奏のテンションは、伝えたい事があって、それが伝わることを信じている人たちのそれで、それを何回も観た酔っ払った僕は、なんで神様は、フィッシュマンズの佐藤伸治さんやどんとさんみたいなみんなから大切に思われている人ばかり連れて行ってしまうんだ、などと恨み言を言う。
弾き語りヴァージョンの映像もYouTubeにはあって、そのコメント欄に「この曲が好きな人とは絶対に友達になれる気がする」みたいな書き込みがあった。それ良くわかる。





嫌なことなんてすぐには心からなくならないし、長いトンネルの中にいる間は抜けた後の景色なんて想像も出来ない。それは僕自身よく知っている。
それでもやっぱり僕もどんとさんみたいに、やな事があってもすぐに空は晴れるよ、と言い続ける事しか出来ないし、トンネル抜けた空が心地よい晴れ空だったらいいのにね、と心から願うことしか出来ない。


今日も少し酔っ払っているから、書きたいことうまく書けた気もしないんだけど、せめてこの曲の「抜け具合」だけでも伝わるといいなぁ、と思う。






ゴールデンウィーク

長かった連休もようやく終わり、少しづつルーティンな毎日に戻りつつある。
10連休中何をしてたかっていうと、基本は相変わらず仕事。まだ開業して3ヶ月ちょっと、休日をフルに満喫する器量じゃないよね。ましてや僕の仕事は働いた分だけ、働いた分しか収入が発生しない仕事なんでね(仲間内でも「オレたちマグロだからなあ、走ってないと死んじゃうから」なんて笑い合う)、まあこの仕事のことは嫌いじゃないから苦でもなかったけど。

今年のGWはそこそこ忙しかったんだよな、年々暇になっていく一方だったから、例年になく長い連休が始まる前はさてどーすっかな、と頭を抱えてたんだけど、そんなのは全然杞憂で、ふたを開けてみたら嬉しい悲鳴だったという。まあいいことです。零細個人事業主としては。

GW中の仕事は相変わらず面白かったですよ、人情味あって。
夜中に乗せた若い女の子。チェーンのハンバーグ店まで、という指示で、まあ基本寡黙なドライバーなので特に会話もなく目的地の近くまでスルスルとクルマを走らせ、あれ、お店の駐車場に着けてよかったすかね?と聞けば、店の玄関前で、とのこと。
クレジットカードで決済している途中(少し時間がかかる)におもむろに彼女は「今日ものすごく嫌なことがあって…だからいっぱいパフェ食べてやるんです」と、真面目な顔で、頬っぺたを膨らませながらつぶやいた。
うは、やけ食いする人ってホントにいるんだ、と驚いたのもあり、彼女の真剣な様子が可愛らしかったのもあり、僕は思わず吹き出しながら、あー愚痴あるなら話してくれれば、私お話聞いたのに!と返した。
話聞いたのに、とは言ったものの、ドライバーの仕事としてはこれでほぼフルコンプリートで、実際真剣な表情は少し緩んで、決済の終わったカードを返してドアを開け、じゃ、いっぱいパフェ食べちゃって下さいね、と笑顔で言いながら送り出すと彼女も笑いながら深々と頭を下げてくれた。機微は伝わっているのだ。パタンとドアを閉め、走り出す。

どう?素敵な仕事でしょ?たまにほんの一瞬、少しだけだけど、人の心に直接触れているような経験をする。だからやめられないんだよな〜。



でもまあ少しは連休らしい事もしたいよね、って事で、仲間内の気の合いそうな奴らを誘って、SR4台で沿岸を走りに行ってきた。まあたまにはいいよね。
LINEでグループを作ってみんなで計画を練って、宮古から山田、大槌を抜けて釜石道でバック。この日は本当に天気が良くて、強い日差しに照らされた大好きな三陸の海は本当に綺麗で。やっぱり僕は三陸沿岸が好きだ。ただ通り過ぎるのがもったいなくなるくらい。



お昼に食べた海鮮丼も美味しかったなぁ〜



この日は250kmくらい走ったのかな、まあそんな長距離じゃないけど、実は数年前にSRを復活させてから1日にこのくらいまとまった距離を走るのは初めてで。
法人で働いていた時は仕事のシフト上時間もなかったし、いつも疲れていたから体力もなかったんだよね。これだけの距離を走るほどの。
だから、そういう遊び方が出来るようになったんだなぁって事が一番嬉しかった。本当に満を持しての一日だったんだ。

そんな一日に付き合ってくれた友達には本当に感謝です。改めてお礼を言いたいです。ありがとう。







そういえば、遠藤ミチロウさんの訃報を聞いたのもGW期間中だった。
公式が発表したツイートをほぼリアルタイムで見て、悲しいというよりはものすごく寂しくなって、仕事中だったから帰宅後SNSにてそんな気持ちを吐露させてもらった。以下引用します。



ミチロウさんが亡くなった。
ミチロウさんは僕の大学の先輩で、在学中に一度、講演会的にキャンパスに来てくれた事があった。
当然見に行くよね、実際に見たミチロウさんは、とても背が小さくて、それでも存在感というか、身にまとうオーラが凄くって。トークタイムが終わって、場が質問コーナーに移った時に僕は挙手して「普段どんな音楽を聴いていらっしゃるんですか??」と質問したら、ミチロウさんは(このガキ嫌な質問しやがる、お前なんかに種明かししてらんねーんだよ)という表情をほんの一瞬だけ顔に浮かべて「自分が書いた曲聴いてますよ、それって結構勉強になるんです」みたいな答えではぐらかされたの、昨日のことみたいに覚えてる。
氏は、日本の音楽史上で唯一無二とも言えるオリジナレイターだったと僕は思っている。こんな人、この国の風土からはそうそう出てこない。この喪失感のおおきさはルーリードが亡くなった時以来かも知れないなあ。
リンクは、震災後に福島出身であるミチロウさんが大友良英さんらと立ち上げた、プロジェクトFUKUSHIMA発足時に氏がに寄せたメッセージです。こんなすっとした、筋目が通った文章そうそう読めない、そう思って、ずっと心の中にブックマークしてた。
故人のご冥福を心からお祈りいたします。

横田琢哉 on Facebook

引用文中のリンクとはこの文章。震災後、まだ日本中がパニック状態で、御多分に洩れず僕自身の頭の中も混乱していた時期に、こんな理路整然とした言葉に触れた僕ははっとして、この文章は絶対に忘れないようにしよう、と心に決めた。
忘れない、と決めたから、ブラウザにブックマークは一切しなかった。ふっと思い出した時にプロジェクトFUKUSHIMAで検索し、そのページを探して、読んだ。能動的にアクセスしたかったんだね。
だから、blogにリンクを貼ったりするのも今回が初めて。

今読み返しても、最後の2段落は背筋が伸びるし、涙腺も緩む。
改めて故人のご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとう。さようなら。




約束したから書くね。
このアホな写真は、当時住んでいた学生寮の寮祭で女装コンテストをやった時のもの。左の後輩がミス北辰寮で、フリッパーのピアス付けてる右側が僕で、準ミスだった。
写真が褪せているから良くわかんないけどばっちりメイクしてもらってて、後輩は顔立ちもはっきりしているから本当に可愛くて、で、僕は、あーこういう女、いるよなーいるいる、という基準で選ばれた記憶がある。なんつーの?蓮舫枠っつーの?

この頃の僕は(書くのも恥ずかしいんだけど)思春期をこじらせていて、何もかもがうまくいっていない気がしてとにかく暗かった。心優しい友達が何人も、そんな風に思う事ないよお前全然普通じゃん、といってくれたりもしたし、当時一生懸命やっていたバンドでも、いいギター弾くんだからもっと自信持って弾けばいいのに、と何度も言われたけど自分に自信なんて全然持てなかったし、ギターだって自分が弾けてるなんて思った事は本当にただの一度もなかった。
心持ちがそんなだから実際に上手くいかない事も多く、自分自身や周りを傷つけてしまった事も何度かあった。今思い出しても本当に暗かった。

その後、そんな自分に心底嫌気がさし、ぷっつりキレちゃうんだけどね。こんなんで悪かったなコラ、文句あっかコラ、とヤケになったというか、捨て鉢になったというか。そうしたら途端に周囲の歯車と噛み合い出し、それどころかその歯車は勢いよくぐるぐると回り出して、あーこんな事で良かったんだ、って拍子抜けしたのも覚えてる。
その後どうなったかというと、なんかただのオニーチャンになっちゃってね、随分ハメも外しました、それについては反省もしているんだけど。

で、実家を引き払った時に出てきたたくさんの写真を整理していた時に見つけたこの写真を見た時に、半ば忘れていた、鬱々としていた昔の自分がばーっと思い出されて。
その瞬間、本っっっ当に滅茶苦茶後悔した。なんでもっと自分を大切にしてあげなかったんだって。輝いていた部分もそれなりにあっただろうに、なんでそれに気付いてあげられなかったんだって。当時の自分に土下座して謝りたいくらいの、本当に人生最大の後悔。

まあそういう時代があった結果、音楽を好きになったし、本も読むようになったし、考えることを覚えたしで、悪いことばかりじゃなかったんだろうけどね、でもそれは今この歳になったから言える事なのかも知れないし。


こういう過剰な自意識に苛まれる人って、いつの時代も居なくならないんだなぁって事に改めて気付いたのも今年のGWの事だった。
きっと100年前も200年前も、江戸時代にも平安時代にも、なんなら国境を超えた世界中に居たし、今もいる。僕の場合は少し極端で、今でも今でいう隠キャである自覚はあるんだけど、ある意味普遍的な悩みなんだろうね。

だから、諦めなければ道は必ず拓けると思うなあ。



そーだよ、だってみんな若い頃スミス好きだったでしょう?まあ僕は今でも好きなんだけど。Still illって曲名もすごいよなあ。
モリッシーめっちゃカッコいい。そして客席の雰囲気、ロックのライブとは思えないくらい暗い。イイね。




ET-3走り初め / Drop’s “Organ”

今年の冬は雪が少ない。気温も比較的暖かい方なのだろうか、家の前の雪も消えて無くなりはしていないけど何とかそろそろと走れるような状態だったので、昼過ぎにET-3の走り初めをした。

まあ暖かい方、と言っても、昼過ぎの時点での気温はプラスの1度。バイクなんて乗り物は自ら風を切って走るものなのだからして、ライダーが感じる体感気温は余裕のマイナスだろう、小一時間、所用をふたつみっつ片付けたのだけど、家に着く頃には両手両足の指先の感覚はなくなっていた。で、そのままコタツに直行。ひー、さみー。



で、先日組んだcrimaz社製のアンチダイブキット、試してきました。

結論から書くと「やはり効きます」。

60km/h巡行の状態で何一つ不安なくフロントブレーキのみを掛けられる。これはすごい。
ただ、皆さんご存知の通り、スモールボディベスパのフロントブレーキにはブレーキランプのスイッチが付いていない。し、慣れもあるんだろうけど、街乗りではやはりリアブレーキ主体の走りの方が断然走りやすかった。
車体がストップする間際の極低速ではやはり多少ダイブするのと、これは調整で多少良くなるのか、フロントブレーキのタッチもあまりよろしくないので。
なので、僕の使用状況ではやはり今まで通りリアブレーキ主体で走る事にはなりそう。

ただ郊外の山道なんか走る際は積極的にフロントブレーキ使えるだろうね、というか、フロントブレーキの使い方を会得しなければ、という感覚にもなる。とっさの時にしっかり握れるようにしておかなければ。
今まではそれもままならなかったからね。よっぽどの事がない限りフロントブレーキ使わなかったし。だし、パニックブレーキ握った時にも車体の姿勢が乱れて、そっちの方がよっぽど危ないじゃん、って感じだったから。
だからこのキットの存在を知った時にすぐ欲しい、と思ったし、その性能には満足している。



ブレーキングに関しては以上の通り。
デメリット、というか、好みが分かれそうなのは、通常走行時のフロントサスが硬くなった、という事。
これはあらかじめ想定していたんだけど、サスのロワマウントの位置とレバー比が変わる事によりフロントサスの仕事の量も質も変化した結果だと思う。僕、物理がまるで苦手なので論理的に伝えられないのだけど、テコの原理の支点力点作用点が変わったから、と言えばいいのか。画像を見て各位想像してみて下さい。

どのくらい硬くなるか、というと、サスセッティングには大変寛容な僕がちょっと違和感を感じるくらい。
街乗りでは大きめのギャップでフロントが結構跳ねる、というか、突き上げがひどい。今付けているYSS製のサスのプリロードは最弱なのでこれ以上柔らかくは出来ないし、後はフロントタイヤの空気圧の調整で様子を見るしかないかなあとは思っているんだけど、まあメリットばかりがあるキットじゃないという話です。いや、ポン付けして即結果が出るキットじゃない、という書き方の方が正確かな。

春になってタイヤの空気圧を調整しながら走り込んでみないと分からないけど、フロントサスは違うものに交換するかも。プリロードをもっと弱められて、減衰も調整できるもの。具体的にはSIPとかbgmとかになるのかなぁ。意外とcarboneの純正タイプとか合うのかもね。そうでなくともYSSは硬めだからなぁ。
まあちょっと走ってみます。





去年の末に、Drop’sのミニアルバムがリリースされた。
メンバーチェンジがあったり、活動の本拠を東京に移したりした後の、心機一転、新体制での初めてのレコーディングで、僕自身、少し舞い上がってんじゃないの(発売日を2ヶ月間違えて記憶してたり)?というくらい楽しみにしていた。


そのミニアルバムのリード曲(今、シングルカット、とか言う言葉使えないんだね、シングル盤作らないから)がこちら。

また結論から書くと、僕は大好きな曲です。

動画のコメント欄を読むと、色んな意見があるようだ。無理もないと思う、過去数枚リリースされているアルバムに収録されている楽曲とは明らかに趣を異にしている曲だし、僕を始め、このバンドを知ったきっかけが「こわして」というブルースロック・チューンだった人も多いのだろう、このリード曲はあの曲の路線を全く継承していない。

正直に告白すると、僕自身、初めてこの曲を聴いた時は「???」と思った。プロデューサーに無理強いとかされたりしていたら嫌だなあ、とか。でもその後何十回と繰り返してアルバムを聴き、このインタビューも読んで僕なりに気持ちを反芻した結果、最終的には「いいじゃんこの曲!」っていう結論に達した。

インタビューを読んで、なるほどなあと思ったのは、メンバー達が「ライヴにももっと自分たちと同世代や若い世代の人たちに来てほしい」と思っている、という点と、曲の作り方。

「こわして」は、確かにカッコいい曲だ。ヴォーカルのメロディもギターのフレーズもゴリゴリのペンタトニックスケールで、演奏にもものすごいグルーヴがある。あの動画を僕は何回観たか分からない。
でも、あの曲に過度に反応しているのは、主に僕と同世代か、もっと年上の人達なんじゃないかな、というのも感じていて。なんて言うのだろう、マニア向け?

まあそんなマニア達の慰みもの、おっさんホイホイとしてやっていく路線も選択肢としてはもちろんあったのだろうけど、本人達は同世代に聴いて欲しいと願っているのなら(インタビューを読むと、特にVo.の中野ミホさんはその思いが強いようだ)それは違う。老い先短いおっさんだけを相手にしていては今後の広がりもないだろう。

そして、やっぱりな、と思ったのが曲の作り方。このバンド、中野ミホさんがアコギの弾き語りで曲を作るんだそうだ。
どういうことかと言うと、基本的にDrop’sの曲は「歌モノ」なんだな。この事はものすごく腑に落ちた。し、昔の作品を聴いていて心に引っかかっていたものの正体が分かった気がした。
歌モノたる曲を、ワン、ツー、スリー、イエー!というロックンロール的なアレンジと演奏でやる相性の悪さ(と言ったら失礼か)を僕はずっと心の片隅で感じていた。

だから、きっと今回のミニアルバムは、バンドとしての正常進化なんだと僕は思った。自分達の持っている個性や魅力と、やりたい事がいい形で折り合った、というか。


ちなみに僕は件の「こわして」という曲が本当に大好きで、どのくらい好きかというと、ギターの荒谷朋美さんのレスポールの音に憧れて20年以上振りにエフェクターを買ったくらい。
Fuzzペダルね。動画の音を耳に焼き付けて、YouTubeで同じような音が出せるようなFuzzを必死に探して。
そうやって探し当てたのがTORTUGAというメーカーのCRAZY EIGHTというペダルなんだけど、どうやらもう生産していないペダルの様で、焦ってネットで探しまくったら在庫処分の特価品がひとつだけ見つかって。何と定価の1/3くらいの値段で買えてしまったというオチも付いた。またタイミング。






まあそれは余談だけど、年末年始にこのアルバムを聴きながら「個性って何なんだろう」みたいな事はよく考えたなあ。
Drop’sみたいなアーティストはもちろん、市井の民たる僕たちだって個性はそれぞれ持っていて、それが魅力的だったりそうじゃなかったりするから人間関係においてひとの心は良くも悪くも動く。
そんな個性を好いたり好かれたり。でも僕としては、好かれようと恣意的に個性(みたいなもの)を作る、というのはちょっと違うんだよなあ。
まあこれはこの歳になったから言う事が出来る言葉なのかも知れないけど、昔はもちろんの事、今だにそういう文脈で書かれた文章を読む機会があって、その度に複雑な気持ちになる(具体的に書いちゃうと、恋活、的な奴ね)。

だから、そういう意味でもDrop’sのこのミニアルバムは大好きだし、今後も僕はこのバンドの事を応援すると思う。
だし、生まれてこのかたそういう視点では自分を曲げられなかった僕自身の事を考えると、今の僕の周りの人間関係は大事にしなければならないのかな、なんて改めて思ったりも。

そんな訳で、一枚のCDを発端に色んな事を考えた、面白い年末年始でした。


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