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ET-3走り初め / Drop’s “Organ”

今年の冬は雪が少ない。気温も比較的暖かい方なのだろうか、家の前の雪も消えて無くなりはしていないけど何とかそろそろと走れるような状態だったので、昼過ぎにET-3の走り初めをした。

まあ暖かい方、と言っても、昼過ぎの時点での気温はプラスの1度。バイクなんて乗り物は自ら風を切って走るものなのだからして、ライダーが感じる体感気温は余裕のマイナスだろう、小一時間、所用をふたつみっつ片付けたのだけど、家に着く頃には両手両足の指先の感覚はなくなっていた。で、そのままコタツに直行。ひー、さみー。



で、先日組んだcrimaz社製のアンチダイブキット、試してきました。

結論から書くと「やはり効きます」。

60km/h巡行の状態で何一つ不安なくフロントブレーキのみを掛けられる。これはすごい。
ただ、皆さんご存知の通り、スモールボディベスパのフロントブレーキにはブレーキランプのスイッチが付いていない。し、慣れもあるんだろうけど、街乗りではやはりリアブレーキ主体の走りの方が断然走りやすかった。
車体がストップする間際の極低速ではやはり多少ダイブするのと、これは調整で多少良くなるのか、フロントブレーキのタッチもあまりよろしくないので。
なので、僕の使用状況ではやはり今まで通りリアブレーキ主体で走る事にはなりそう。

ただ郊外の山道なんか走る際は積極的にフロントブレーキ使えるだろうね、というか、フロントブレーキの使い方を会得しなければ、という感覚にもなる。とっさの時にしっかり握れるようにしておかなければ。
今まではそれもままならなかったからね。よっぽどの事がない限りフロントブレーキ使わなかったし。だし、パニックブレーキ握った時にも車体の姿勢が乱れて、そっちの方がよっぽど危ないじゃん、って感じだったから。
だからこのキットの存在を知った時にすぐ欲しい、と思ったし、その性能には満足している。



ブレーキングに関しては以上の通り。
デメリット、というか、好みが分かれそうなのは、通常走行時のフロントサスが硬くなった、という事。
これはあらかじめ想定していたんだけど、サスのロワマウントの位置とレバー比が変わる事によりフロントサスの仕事の量も質も変化した結果だと思う。僕、物理がまるで苦手なので論理的に伝えられないのだけど、テコの原理の支点力点作用点が変わったから、と言えばいいのか。画像を見て各位想像してみて下さい。

どのくらい硬くなるか、というと、サスセッティングには大変寛容な僕がちょっと違和感を感じるくらい。
街乗りでは大きめのギャップでフロントが結構跳ねる、というか、突き上げがひどい。今付けているYSS製のサスのプリロードは最弱なのでこれ以上柔らかくは出来ないし、後はフロントタイヤの空気圧の調整で様子を見るしかないかなあとは思っているんだけど、まあメリットばかりがあるキットじゃないという話です。いや、ポン付けして即結果が出るキットじゃない、という書き方の方が正確かな。

春になってタイヤの空気圧を調整しながら走り込んでみないと分からないけど、フロントサスは違うものに交換するかも。プリロードをもっと弱められて、減衰も調整できるもの。具体的にはSIPとかbgmとかになるのかなぁ。意外とcarboneの純正タイプとか合うのかもね。そうでなくともYSSは硬めだからなぁ。
まあちょっと走ってみます。





去年の末に、Drop’sのミニアルバムがリリースされた。
メンバーチェンジがあったり、活動の本拠を東京に移したりした後の、心機一転、新体制での初めてのレコーディングで、僕自身、少し舞い上がってんじゃないの(発売日を2ヶ月間違えて記憶してたり)?というくらい楽しみにしていた。


そのミニアルバムのリード曲(今、シングルカット、とか言う言葉使えないんだね、シングル盤作らないから)がこちら。

また結論から書くと、僕は大好きな曲です。

動画のコメント欄を読むと、色んな意見があるようだ。無理もないと思う、過去数枚リリースされているアルバムに収録されている楽曲とは明らかに趣を異にしている曲だし、僕を始め、このバンドを知ったきっかけが「こわして」というブルースロック・チューンだった人も多いのだろう、このリード曲はあの曲の路線を全く継承していない。

正直に告白すると、僕自身、初めてこの曲を聴いた時は「???」と思った。プロデューサーに無理強いとかされたりしていたら嫌だなあ、とか。でもその後何十回と繰り返してアルバムを聴き、このインタビューも読んで僕なりに気持ちを反芻した結果、最終的には「いいじゃんこの曲!」っていう結論に達した。

インタビューを読んで、なるほどなあと思ったのは、メンバー達が「ライヴにももっと自分たちと同世代や若い世代の人たちに来てほしい」と思っている、という点と、曲の作り方。

「こわして」は、確かにカッコいい曲だ。ヴォーカルのメロディもギターのフレーズもゴリゴリのペンタトニックスケールで、演奏にもものすごいグルーヴがある。あの動画を僕は何回観たか分からない。
でも、あの曲に過度に反応しているのは、主に僕と同世代か、もっと年上の人達なんじゃないかな、というのも感じていて。なんて言うのだろう、マニア向け?

まあそんなマニア達の慰みもの、おっさんホイホイとしてやっていく路線も選択肢としてはもちろんあったのだろうけど、本人達は同世代に聴いて欲しいと願っているのなら(インタビューを読むと、特にVo.の中野ミホさんはその思いが強いようだ)それは違う。老い先短いおっさんだけを相手にしていては今後の広がりもないだろう。

そして、やっぱりな、と思ったのが曲の作り方。このバンド、中野ミホさんがアコギの弾き語りで曲を作るんだそうだ。
どういうことかと言うと、基本的にDrop’sの曲は「歌モノ」なんだな。この事はものすごく腑に落ちた。し、昔の作品を聴いていて心に引っかかっていたものの正体が分かった気がした。
歌モノたる曲を、ワン、ツー、スリー、イエー!というロックンロール的なアレンジと演奏でやる相性の悪さ(と言ったら失礼か)を僕はずっと心の片隅で感じていた。

だから、きっと今回のミニアルバムは、バンドとしての正常進化なんだと僕は思った。自分達の持っている個性や魅力と、やりたい事がいい形で折り合った、というか。


ちなみに僕は件の「こわして」という曲が本当に大好きで、どのくらい好きかというと、ギターの荒谷朋美さんのレスポールの音に憧れて20年以上振りにエフェクターを買ったくらい。
Fuzzペダルね。動画の音を耳に焼き付けて、YouTubeで同じような音が出せるようなFuzzを必死に探して。
そうやって探し当てたのがTORTUGAというメーカーのCRAZY EIGHTというペダルなんだけど、どうやらもう生産していないペダルの様で、焦ってネットで探しまくったら在庫処分の特価品がひとつだけ見つかって。何と定価の1/3くらいの値段で買えてしまったというオチも付いた。またタイミング。






まあそれは余談だけど、年末年始にこのアルバムを聴きながら「個性って何なんだろう」みたいな事はよく考えたなあ。
Drop’sみたいなアーティストはもちろん、市井の民たる僕たちだって個性はそれぞれ持っていて、それが魅力的だったりそうじゃなかったりするから人間関係においてひとの心は良くも悪くも動く。
そんな個性を好いたり好かれたり。でも僕としては、好かれようと恣意的に個性(みたいなもの)を作る、というのはちょっと違うんだよなあ。
まあこれはこの歳になったから言う事が出来る言葉なのかも知れないけど、昔はもちろんの事、今だにそういう文脈で書かれた文章を読む機会があって、その度に複雑な気持ちになる(具体的に書いちゃうと、恋活、的な奴ね)。

だから、そういう意味でもDrop’sのこのミニアルバムは大好きだし、今後も僕はこのバンドの事を応援すると思う。
だし、生まれてこのかたそういう視点では自分を曲げられなかった僕自身の事を考えると、今の僕の周りの人間関係は大事にしなければならないのかな、なんて改めて思ったりも。

そんな訳で、一枚のCDを発端に色んな事を考えた、面白い年末年始でした。


日が暮れても彼女と歩いてた

 

 

現実逃避第二弾。

件の試験まで10日を切り、まあ正直仕上がりは順調なんだけど、「絶対に落ちることが許されない試験」に挑むというのも心理的に結構なプレッシャーで。ちょっと一息つきたいなあ、と。今月一本も記事書いてないしなー。

 

 

最近以前にも増して妻との喧嘩が増えた。
若い頃の僕はウルトラスーパーダメ男で、当時の喧嘩の原因はいつも100%僕にあったが、流石にこれじゃまずいよなあとダメ男を返上してからの喧嘩はまあ原因はいつも同じで、僕の中には僕なりに正当な理由があって悲しくなって腹を立てる。
その理由を(多分妻よりも)理解している娘はもう慣れたもので、言い争いが始まるとさっと二階の自分の部屋に上がっていき、それが落ち着くと下に降りてきて、ソファでぐったりしている僕に何事もなかったように話しかけてきたりする。

が、心の優しい息子はそれが結構ストレスなようで、昨晩もやんわりと、しかししっかりとした態度でいいかげんにしろ、とたしなめられた。
そんな息子の説教を体育座りで聞きながら、申し訳ないなあと思いつつ、オレも別に言い争いしたくてしている訳じゃないんだよなあ、と心の中で独りごちた。
悪いなって、申し訳ないなあって思ってるよ、器量の小さい父親で。でもそれがおとうなんだよ。

でもやっぱりよくないね、こういうの。

 

 

はなから無いものを欲しがったところでそれを得られる訳がないことくらい頭では分かっているつもりなんだけど、それでも期待してしまうのだろうか。

いや、期待というのとも少し違うと思うけど、いずれにせよそんなに物分かりがいい人間なのだったらいい歳こいてバイクになんか乗ったりしないし、ロックなんて音楽に執心したりもしていないのだ。

 

それが僕の器量だという事なんだろうね。僕は大人だけど、立派な大人なんかではないという事なんだろう、きっと。

状況はそのまま受け入れられないけど、自分がどういう人間かという事は少しだけ分かった気がする。

 

 

 

 

何にも言わない
ウチには帰らない
彼女と歩いてた

日が暮れて 河を見て
橋の上を電車が通る

とりあえずブラついてよう
さみーから酔っぱらっていよう
いーよな 会いたかったよ

日が暮れても彼女と歩いてた

みんなどんな顔してたっけ
ひとりづついなくなったんだ
ほんで最後は二人で
飽きるまでずっといたのさ yeah
みていたい まだみていたい
何にもみあたらねーや
オラ夢の中なんだ

どこの誰が 本当ににしあわせなんだろーか
冷たいヤな奴も
体だけはあったかいだろーや
一体あれは何だったんだろーか
いつまでも おぼえてる
クサりながら おぼえてる

何にもいらない
ほかにはいらない
彼女がまだそこにいればいーや

日が暮れても彼女と歩いてた

Theピーズ 「日が暮れても彼女と歩いてた」 作詞・作曲 大木温之

 

Theピーズの大好きな曲。

オフィシャルの音源で聴けるこの曲は3テイクある。アルバム「とどめをハデにくれ」に入っているオリジナルテイク、’97年の活動休止までの音源から選曲されたベストアルバム「ブッチーメリー」に入ってるライブテイク、小説家の絲山秋子さんが書き下ろした小説「逃亡くそたわけ」の中でこの曲を含めてピーズの何曲かの歌詞を引用し、後に小説が映画化された時に再録された2007 Version。
どのテイクもそれぞれに味わい深いのだけど、シェアしたのは2007 Ver.だ。恐らくバンドとして最も脂がのった時期の演奏だけあって聴きごたえは一番ある。

ちなみに絲山さんの小説のなかでこの曲は、この曲を引用したかったから小説を書いたんじゃないか、などと想像してしまうくらいいい場面で、ものすごい筆致で書かれている。引用するような野暮はしないけど。この曲が好きな人は是非一読をおすすめします。

 

酔っぱらって聴くピーズはいつだって最高で、よくリビングでも流していたから子供たちもこの曲のことは知っていて。
娘なんかは「おとう、この曲LINE Musicに上がってたよ、ウケた」とか言いながら鼻歌でサビのメロディを歌ったりする。それを聞いた僕ははっとして、それからはヘッドセットで聴くことにした。中学生の女の子はまだ知らなくてもいい風景だ。

 

ハルは、知っている人も多いと思うけど玄人筋からの評価も高い人だ。彼のことを「人生のパンチドランカー」などと表現した文章も読んだことがあるけど、ピーズの音楽は、優しくて真面目で気が小さい普通の人が描いた私小説ロックよね、僕が言うならば。

でもハルがファンたちに愛され、しかも優れたアーティストであるゆえんは、その私小説を皆が読める形にしてひとつひとつの作品として昇華する能力を持っているという事。それが皆の心の中にある、弱くてちっぽけでありふれた感情と触れ合い、ささやかだけどとても綺麗な円環を描く。

 

ハルがこの曲で描いた風景は、儚いけれどとても美しく、ある種のひとにとっては切実でかけがえのない風景だ。もちろん僕にとってもね。

 

 

 

 

 

読了「ルポ川崎」

 

僕は、東北地方を出て住んだ事がない。子供の頃から引っ越しが多い暮らしだったんだけど(小学校だけで都合4校に通った)、それも子供の頃に住んだのは各県の県庁所在地だけで、あちこちで暮らした割にはあまりこの国の他の地域の事を知らない。

20年前に岩手に越して来てからは、10年くらい地方都市にも住んだ。特に沿岸の街で暮らした数年間は、僕の今までの人生の中でも一番楽しかった時期だった。
都会に住んでいる人には想像出来ないかも知れないけど、陸前高田にあった妻の実家のすぐ脇に用水路が流れていて、そんな所にも秋になれば産卵の為にシャケが遡上してきた。住田町にある本家に行けば、本当に綺麗な小川を挟んで牛舎があったりね。その本家のトイレはつい最近まで家の外にあった。そういうのが普通なの。
大船渡、陸前高田、住田町、宮城県の気仙沼まで含むのだろうか、は「気仙地区」と呼ばれていて、そこに暮らしている人は気質が明るい人が多く、いい意味で田舎ならではの人情味もあって。人と人との間にいいヴァイブスが循環して再生産されているというか。本当に居心地が良い土地だった。

 

まあ僕はそんな感じの人なんです。経験知的にもメンタリティ的にも根っからの田舎住みのそれで、たまに東京なんかに行くと、あり得ない程の人の多さと延々と続く市街地に圧倒され疲れちゃって、二日も居れば家に帰りたくなる。そこに過ぎている時間の速さも人々のテンションも、40数年間培ってきた僕の常識とはあまりに違い過ぎて。

 

でもそんな僕も、いやそんな僕だからなのか、狭い日本の中にも更に僕が全く知らない世界、想像もし得ない暮らしがあるみたいだという事に、数年前くらいからかな、薄々気付いていて。主に関東の、首都圏の周辺都市での事らしいんだけど。
だから、TwitterのTLにこの本の存在が流れてきた時に「ああ、これは読まなければいけないなあ」と思い、購入した次第です。

 

「ここは、地獄か?」というサブタイトルが付いた本書は、神奈川県川崎区在住のHip Hopクルー、BAD HOPのメンバーとの関わりを軸に、川崎区という土地とそこに住む人々について書かれたルポルタージュだ。
これからこの国が抱えて行くのであろう様々な問題が凝縮された内容で、とても読みごたえがあった。

 

 

内容は、例えばAmazonの書評を読むと賛否両論、悪い面だけを取り上げ過ぎているという意見も見られる。読めば確かに極端な部分だけ切り取っているのかなあと思えるところもあるのだが、例えば、川崎区には、治安の悪さから親が子供に「あの地区には絶対に行ってはいけません」と諌める場所があるのは事実の様だ。
今まで僕が暮らした複数の街には「行ってはいけない地区」なんて一ヶ所も無かったし、そんな地区にだって当たり前の様に人は暮しているのだ。たいして広い訳でもない、同じ国の中にね。

本の詳しい内容についてはここでは触れないけど、この本についての著者のインタビューを貼っておく。ちょっとでも気になる人は是非一読をお勧めします。

 

 

この本を読んだ後では「カッコいい」という言葉を安易に使う事にためらいを覚える位、ヒリヒリとした緊張感が伝わってくるトラック。今年の4月に公開された動画だから、恐らく本の出版を受けて、満を持して作ったトラックなのだろう。
僕が初めてこの動画を再生したのが発表からちょうどひと月後だったんだけど、その時点での再生回数は既に170万を超えていた。彼らは配給もプロモーションもインディペンデントなんだけど、数字の話をすれば正直言ってその辺とは桁が全く違う。
僕はヒップホップに関してはまるっきり素人なので、ラップのテクニック的な事については言及出来ない。けど、初めて聴いた時は物凄い衝撃を受けた。それはしばらく他の音楽を受け入れる事が丸っきり出来なくなる位の衝撃だった。

過激なリリックは全部実話、なんだと思う。そしてBAD HOPのクルーにとってHip Hopという音楽は目的じゃなくて、川崎という土地で今日を生き抜く為の手段なのだろう。

 

また誰かがつぶやく
この街から出れない
欲望が街渦巻く
出どころなら池上
Gang bitch 横目ふかすweedにアクセル
ネズミのようにチェダー追う
KIDSたちの夢になる
火を噴くNinja KAWASAKI

 

2分過ぎから始まるBarkのバースが一番好き。赤いパーカー着て脇腹に大きく044(川崎の市外局番らしい)のタトゥーを入れてるクルーね。
ここは勇気を出して「カッコいい」と言うべきなのだろう。滅茶苦茶カッコいいよBAD HOP。男にとってカッコいいは一番の褒め言葉だ。今も昔も。

ちなみに彼らは、今までHip Hopを毛嫌いしていた僕に、ちゃんと向き合って聴くきっかけを与えてくれた存在でもある。感謝しています。

 

VICE Japanが撮ったインタビュー動画も観たけど、このYZERRのインタビュー動画が彼らが置かれていた状況を目と耳で知るのには早いかな。出来れば本を読んで欲しいけど。

彼の地では、少年たちは公園に集まり、スマートフォンで流すビートに合わせてフリースタイルのラップを練習しているのだそうだ。なるほどなあ、楽器を持っていなくても、スタジオに入らなくても音楽は出来る。仲間内で誰かひとりスマートフォンを持っていればいいのだから。
もちろんBAD HOPの成功の影響も大きいんだろうけど、川崎の不良少年たちの間ではこういうスタイルがリアルなんだろう。

それにしても…。「ゲットーを抜け出すには、バスケットボールの選手になるかラッパーになるかしかなかった」みたいなロジックって、遠いアメリカでの話だと思っていたけど…。まさかこういう形でこの音楽が日本に根付くとは全く想像もしていなかった。
正直、一連の情報を体内に入れた後は、僕は根っからの田舎住みで良かったなあというのが一番の感想だったんだけど、今の世の流れを見るに、あまり他人事だとも思っていられないんだろうね、きっと。

 

 

 

 

 

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