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カテゴリー: Motorcycle (page 1 of 7)

ゴールデンウィーク

長かった連休もようやく終わり、少しづつルーティンな毎日に戻りつつある。
10連休中何をしてたかっていうと、基本は相変わらず仕事。まだ開業して3ヶ月ちょっと、休日をフルに満喫する器量じゃないよね。ましてや僕の仕事は働いた分だけ、働いた分しか収入が発生しない仕事なんでね(仲間内でも「オレたちマグロだからなあ、走ってないと死んじゃうから」なんて笑い合う)、まあこの仕事のことは嫌いじゃないから苦でもなかったけど。

今年のGWはそこそこ忙しかったんだよな、年々暇になっていく一方だったから、例年になく長い連休が始まる前はさてどーすっかな、と頭を抱えてたんだけど、そんなのは全然杞憂で、ふたを開けてみたら嬉しい悲鳴だったという。まあいいことです。零細個人事業主としては。

GW中の仕事は相変わらず面白かったですよ、人情味あって。
夜中に乗せた若い女の子。チェーンのハンバーグ店まで、という指示で、まあ基本寡黙なドライバーなので特に会話もなく目的地の近くまでスルスルとクルマを走らせ、あれ、お店の駐車場に着けてよかったすかね?と聞けば、店の玄関前で、とのこと。
クレジットカードで決済している途中(少し時間がかかる)におもむろに彼女は「今日ものすごく嫌なことがあって…だからいっぱいパフェ食べてやるんです」と、真面目な顔で、頬っぺたを膨らませながらつぶやいた。
うは、やけ食いする人ってホントにいるんだ、と驚いたのもあり、彼女の真剣な様子が可愛らしかったのもあり、僕は思わず吹き出しながら、あー愚痴あるなら話してくれれば、私お話聞いたのに!と返した。
話聞いたのに、とは言ったものの、ドライバーの仕事としてはこれでほぼフルコンプリートで、実際真剣な表情は少し緩んで、決済の終わったカードを返してドアを開け、じゃ、いっぱいパフェ食べちゃって下さいね、と笑顔で言いながら送り出すと彼女も笑いながら深々と頭を下げてくれた。機微は伝わっているのだ。パタンとドアを閉め、走り出す。

どう?素敵な仕事でしょ?たまにほんの一瞬、少しだけだけど、人の心に直接触れているような経験をする。だからやめられないんだよな〜。



でもまあ少しは連休らしい事もしたいよね、って事で、仲間内の気の合いそうな奴らを誘って、SR4台で沿岸を走りに行ってきた。まあたまにはいいよね。
LINEでグループを作ってみんなで計画を練って、宮古から山田、大槌を抜けて釜石道でバック。この日は本当に天気が良くて、強い日差しに照らされた大好きな三陸の海は本当に綺麗で。やっぱり僕は三陸沿岸が好きだ。ただ通り過ぎるのがもったいなくなるくらい。



お昼に食べた海鮮丼も美味しかったなぁ〜



この日は250kmくらい走ったのかな、まあそんな長距離じゃないけど、実は数年前にSRを復活させてから1日にこのくらいまとまった距離を走るのは初めてで。
法人で働いていた時は仕事のシフト上時間もなかったし、いつも疲れていたから体力もなかったんだよね。これだけの距離を走るほどの。
だから、そういう遊び方が出来るようになったんだなぁって事が一番嬉しかった。本当に満を持しての一日だったんだ。

そんな一日に付き合ってくれた友達には本当に感謝です。改めてお礼を言いたいです。ありがとう。







そういえば、遠藤ミチロウさんの訃報を聞いたのもGW期間中だった。
公式が発表したツイートをほぼリアルタイムで見て、悲しいというよりはものすごく寂しくなって、仕事中だったから帰宅後SNSにてそんな気持ちを吐露させてもらった。以下引用します。



ミチロウさんが亡くなった。
ミチロウさんは僕の大学の先輩で、在学中に一度、講演会的にキャンパスに来てくれた事があった。
当然見に行くよね、実際に見たミチロウさんは、とても背が小さくて、それでも存在感というか、身にまとうオーラが凄くって。トークタイムが終わって、場が質問コーナーに移った時に僕は挙手して「普段どんな音楽を聴いていらっしゃるんですか??」と質問したら、ミチロウさんは(このガキ嫌な質問しやがる、お前なんかに種明かししてらんねーんだよ)という表情をほんの一瞬だけ顔に浮かべて「自分が書いた曲聴いてますよ、それって結構勉強になるんです」みたいな答えではぐらかされたの、昨日のことみたいに覚えてる。
氏は、日本の音楽史上で唯一無二とも言えるオリジナレイターだったと僕は思っている。こんな人、この国の風土からはそうそう出てこない。この喪失感のおおきさはルーリードが亡くなった時以来かも知れないなあ。
リンクは、震災後に福島出身であるミチロウさんが大友良英さんらと立ち上げた、プロジェクトFUKUSHIMA発足時に氏がに寄せたメッセージです。こんなすっとした、筋目が通った文章そうそう読めない、そう思って、ずっと心の中にブックマークしてた。
故人のご冥福を心からお祈りいたします。

横田琢哉 on Facebook

引用文中のリンクとはこの文章。震災後、まだ日本中がパニック状態で、御多分に洩れず僕自身の頭の中も混乱していた時期に、こんな理路整然とした言葉に触れた僕ははっとして、この文章は絶対に忘れないようにしよう、と心に決めた。
忘れない、と決めたから、ブラウザにブックマークは一切しなかった。ふっと思い出した時にプロジェクトFUKUSHIMAで検索し、そのページを探して、読んだ。能動的にアクセスしたかったんだね。
だから、blogにリンクを貼ったりするのも今回が初めて。

今読み返しても、最後の2段落は背筋が伸びるし、涙腺も緩む。
改めて故人のご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとう。さようなら。




約束したから書くね。
このアホな写真は、当時住んでいた学生寮の寮祭で女装コンテストをやった時のもの。左の後輩がミス北辰寮で、フリッパーのピアス付けてる右側が僕で、準ミスだった。
写真が褪せているから良くわかんないけどばっちりメイクしてもらってて、後輩は顔立ちもはっきりしているから本当に可愛くて、で、僕は、あーこういう女、いるよなーいるいる、という基準で選ばれた記憶がある。なんつーの?蓮舫枠っつーの?

この頃の僕は(書くのも恥ずかしいんだけど)思春期をこじらせていて、何もかもがうまくいっていない気がしてとにかく暗かった。心優しい友達が何人も、そんな風に思う事ないよお前全然普通じゃん、といってくれたりもしたし、当時一生懸命やっていたバンドでも、いいギター弾くんだからもっと自信持って弾けばいいのに、と何度も言われたけど自分に自信なんて全然持てなかったし、ギターだって自分が弾けてるなんて思った事は本当にただの一度もなかった。
心持ちがそんなだから実際に上手くいかない事も多く、自分自身や周りを傷つけてしまった事も何度かあった。今思い出しても本当に暗かった。

その後、そんな自分に心底嫌気がさし、ぷっつりキレちゃうんだけどね。こんなんで悪かったなコラ、文句あっかコラ、とヤケになったというか、捨て鉢になったというか。そうしたら途端に周囲の歯車と噛み合い出し、それどころかその歯車は勢いよくぐるぐると回り出して、あーこんな事で良かったんだ、って拍子抜けしたのも覚えてる。
その後どうなったかというと、なんかただのオニーチャンになっちゃってね、随分ハメも外しました、それについては反省もしているんだけど。

で、実家を引き払った時に出てきたたくさんの写真を整理していた時に見つけたこの写真を見た時に、半ば忘れていた、鬱々としていた昔の自分がばーっと思い出されて。
その瞬間、本っっっ当に滅茶苦茶後悔した。なんでもっと自分を大切にしてあげなかったんだって。輝いていた部分もそれなりにあっただろうに、なんでそれに気付いてあげられなかったんだって。当時の自分に土下座して謝りたいくらいの、本当に人生最大の後悔。

まあそういう時代があった結果、音楽を好きになったし、本も読むようになったし、考えることを覚えたしで、悪いことばかりじゃなかったんだろうけどね、でもそれは今この歳になったから言える事なのかも知れないし。


こういう過剰な自意識に苛まれる人って、いつの時代も居なくならないんだなぁって事に改めて気付いたのも今年のGWの事だった。
きっと100年前も200年前も、江戸時代にも平安時代にも、なんなら国境を超えた世界中に居たし、今もいる。僕の場合は少し極端で、今でも今でいう隠キャである自覚はあるんだけど、ある意味普遍的な悩みなんだろうね。

だから、諦めなければ道は必ず拓けると思うなあ。



そーだよ、だってみんな若い頃スミス好きだったでしょう?まあ僕は今でも好きなんだけど。Still illって曲名もすごいよなあ。
モリッシーめっちゃカッコいい。そして客席の雰囲気、ロックのライブとは思えないくらい暗い。イイね。




SR走り初めと昔話

2月3月はとても暖かかったのに、何故か4月に入った途端に天候が悪く、雪すら降ってきたりして(2日の定期便の帰りの宮古街道はテカテカのアイスバーンだった)、とてもバイクで遠出するような気分になれなかったんだけど、先週くらいからかな、ようやく、本当にようやく春らしい天候になってきた。
SRもようやくシーズンイン。待ってました。



先週は、まだ山越えは怖いし寒そうだったので、内陸を南下することに。バッテリー交換やタイヤの空気圧調整を済ませていたSRのエンジンを掛け、しっかりと暖機する。気温は9度くらいだったかな?まあ厚着すれば余裕で走れる気温だね。

定期便の仕事中に降りるべきインターチェンジを間違っちゃった事があって(おい)、その時に偶然走った県道がとてもいい感じだったので、怪我の功名を満喫することにしてワクワクのスタート。


具体的には、国道396号に大迫の辺りで接する県道43号線。取りあえず東和町まで走ってみるか、と標識の写真を撮っていると、江刺まで41km、とある。1時間もかからずに走れる距離だ。おし、んじゃ江刺まで行くか、江刺に旨いラーメン屋あったかなあ?などと考えながら走り始める。


県道の数字は時々入れ替わりながら北上を越えて…



小一時間で江刺に到着。空の色は寒々としているけど、それなりに厚着をしていたのであまり寒さは苦にならなかった。


道路は終始こんな感じ。直線もあればコーナーもある。国道と比べ平日の交通量はぐっと少なく、本当に気持ちよく走れた。



去年換装したディスクブレーキも効きは十二分。もう少しコントローラブルだと言う事ない。やっぱりちょっとマスター径が小さいのかな?元々2PODキャリパー用のマスターだしな。
まあこの辺はおいおい煮詰めていくとしましょう。



ラーメンも大変美味しゅうございました。





で、ぐっと気温が上がった今日は山越えのルートを選択。国道106号から国道340号を遠野方面へ。
106号はほぼ毎週仕事で走っているから特に感動もなかったんだけど、数十年ぶりで走った、川井村から遠野へ南下する340号線が素敵すぎた。ちょっと路面が荒れているところもあったけど、交通量は極端に少なく、渓流沿いを通る道路は風光明媚。新緑の季節なんかめっちゃ綺麗なんだろうなー。
あまりに走りが楽しすぎて写真は一枚も撮ってないけど、今年のGWは長いし、定期便の仕事はないしなんで、期間中に時間を作ってもう一度走りに行こう。

お昼はこちらで。遠野に昔からある店だね。



こちらも美味しゅうございました。旨辛。








国道340号線は、北は葛巻町から、南は陸前高田市まで、広い岩手県を南北に縦断する3桁国道。基本どこを走っても広くて交通量の少ない、まさに岩手カントリーライドにうってつけの道なんだけど、一部分だけ難所がある。
国道455号岩泉街道から国道106号宮古街道の間だけはセンターライン無しの対面通行で、道幅も狭いんだよね。


実は僕はこの区間には因縁があって。
結構すっ飛ばす割にはコケた記憶って片手の指が余裕で余るくらいしかないんだけど、今までのバイク人生で一番ひどい転び方をしたのがここなんだ。


ハタチ過ぎの頃だったと思う、秋に北東北一周ツーリングにひとりで出かけた僕は、野宿の荷物を当時の愛機、スズキのRA125というトレール車のリアシートに満載して山形を出発、北上から国道107号を東進した。
田瀬湖の辺りの、初めて見る見渡す限りの原生林に感動し、道路も素晴らしいしね、まあ今で言う岩手カントリーライドを初体験した僕はテンションが高かった。30年前の遠野は本当に絵に描いたような「田舎」で、まんが日本昔話に出てくるみたいな景色に感動して、そのままの気分で今日走った区間を抜けて件の難所に入った。

道幅は狭かったけどトレール車は軽いし、リアシートに荷物を積んでいるせいでリアステアも絶好調で、気分良く結構なペースでひらひらとコーナーを抜けていた。
次のコーナーは見晴らしの良い左のヘアピン。クリッピングポイント辺りを沢水が横切っているのが見えたが、どーせ滑るのなんてその部分だけでしょ?なんてタカをくくってイケイケのフルバンクで突っ込んだ僕は、次の瞬間あっと思う間もなく路面に叩きつけられた。

普通滑った時って、あ、滑った、という感触があって、それを受けてカウンターを当てるなり足を出すなりの対処をするもんなんだけど、そういうのが何もないまま一瞬のうちに、気付いたらバイクごと横になっていた。それを証拠に、倒れた格好はほぼ乗車姿勢のまま、左手すらグリップを握ったままだった。

痛ってーな、取りあえず起きなきゃ、と思うものの、乗車姿勢のまま倒れているので、左足は車体と路面にすっかり挟まれているし、重心の高い位置に荷物を満載した車体はちょっとの事じゃ動かない。
しゃーない、足を引っ張り出すか、と左足を動かそうとした僕は悶絶した。どうやら路面に擦れて履いていたジーンズが破け、擦り傷が出来ているよう。それをさらにアスファルトにこすりながら引き出そうというのだから痛くない訳が無い。

そのうちその部分に、キャブレターから漏れたガソリンが垂れてきた。うわお前いい加減にしろよ、ガソリン傷口にめっちゃ染みるんだけど!とそれでも初めは少し余裕があったんだけど、あれ?今このガソリンに引火したらオレ焼け死ぬんじゃね??という事に思い至った僕は真っ青になった。

人間、本当に必死になると大概の事は出来てしまうのね、こんな所で焼け死ぬの嫌だ、死にたくない!とテンパった頭で思った僕は、それこそ死ぬ思いで、血と沢水とガソリンに塗れた傷口を数十cmギザギザのアスファルトに擦り付けながら何とか完全にオーバーハングした車体の下から左足を引っこ抜き(文章打ちながらぎゃー、と思っているけど、読んでいる人もぎゃー、だね、ごめんなさい)、痛みと恐怖でフラフラになりながら立ち上がった。そしてその時に、僕と僕のバイクに何が起こったのかを理解した。

進行方向の数十メートル先に、エンジンブローしたと思しき小型のトラックが停まっていて、路面にオイルをぶちまけていた。オイルの帯は僕が走ってきた道の方まで続いていて、要は僕はフルバンクの状態で沢水とオイルが混ざった部分を踏んじゃったんだね。前後輪いっぺんに、ツルッと一瞬で持っていかれたんだろうね、そりゃコケるわ。

車体を起こし、各部を確認すると奇跡的にほぼ無傷。レバーも折れていない。身体も左膝の打撲と擦過傷だけ。キックを踏むとエンジンもすぐ掛かったから、関わり合いたくなかったんだろうね、エンジンルームに頭を突っ込んで無視をキメ込んでいるトラックの運転手に一言二言文句を撒けてから走り出した。

旅は続けたよ、傷口には応急処置して。携帯電話もない時代だったから、そうするしかなかった。
痛めた膝が動かなくて、左足を地面に下ろすとステップまで上げられないんだよね、仕方ないから走り出してから左手で腿を持ち上げてステップに乗せて。はは、若かったよなあ。


そんな訳であの区間は苦手意識があるんだけど、それもリベンジしとかないとね、それこそ死んでも死に切れない、って奴だね。
つか、自分でも懲りない奴だなって思うけど、それこそナントカは死んでも治らない、って言うしね。
待っとけよ、国道、もとい酷道340号線。






シーズンイン

気を抜いていると突然目の前にどーんと現れる岩手山はまだまだ白いけど、市街地にはもう雪はほとんど無い3月初頭の盛岡です。
気温も暖かいからかこの時期は通常なら路肩に積み上げられている雪もほとんど無くて、路面も乾いている日の方が断然多い。中期予報で今年の3月は暖かいという話は聞いていたんだけど、その予報は当たったと思っていいんだろうな。



こうなってくると乗らない理由がないので、バイクに乗り始めた。シーズンインですな。

何度か書いたけど、僕は今、自家用車を持っていない。冬季間とか雨の日に出かける時は仕方なく営業車で出かけるけど、それにはリスクもあって。
例えばぶつけられたりした場合。法人で稼いでいた時はそういう時他のクルマで仕事出来たけど、今は何らかの理由でクルマを修理をしている最中は仕事が全く出来ないんだよね。例え過失が全くない事故に遭ったとしても、休業補償を満額得られる訳じゃないからそれは大きなマイナスで。
だから営業車は私用では出来るだけ使いたくないの。ホント、スーパーの駐車場に停めるのすら場所に気を遣うくらい。




なので、通院やら事務所に用事がある時やらは2台のベスパが活躍を開始しました。

2台とも冬の間に調子を崩したところもなく、今のところ快調に動いてくれている。PパイセンなんかまだFUEL 1が混ざったガソリンを使っているからか相変わらずのキック1発始動だし。

流石に気温的にも路面状況的にも山越えの長距離はキツいし怖いのでまだSRは引っ張り出してないけど、今月中にはそれも出来そうなほど今年の春は早い。
事故違反を過度に恐れる必要も無くなったので(や、もう無茶はしないけど)、SRにも早く乗りたいな。


いつだっけ?先週かな?Pパイセンに乗って、家から15kmくらい離れた、隣町にある店までラーメンライドしたのが今シーズンの走り初め。


ここのラーメン旨いんだよなあ。盛岡地区の名店のひとつ。

暖かいし、時間もあったから、食後は四十四田ダムの方面を回り道しながら帰ることに。
ダムを通り松園墓地を掠めてダム湖の周りを走って最終的には岩泉街道に出る、少し山沿いを走るルート。流石にさみーな、と思ったらダム湖はがっつり凍ってた。はは、寒い訳だ。でも路面は乾いているから快適なペースでひた走る。
コースは細めのワインディングで、SRにはちと狭いな、という印象だったけどPパイセンには丁度いい感じ。考えてみればパイセンで山道を走ったのは初めてかも。

やはりET-3に比べると車体はひと回り大きいね、重量もあるから、サスペンションやタイヤが担う仕事もそれなりにある印象。
僕、タイヤもまだ当時もののまま換えてないんだよね、サスも純正で、しかもリアショックからはオイルが漏れてきてる。リアショックはそのうち手元にあるものに変えるとして、流石にタイヤも考えなければならないなー。まあ入手元も銘柄も目星つけてはいるんだけど。




スクーターのいいところで、仕事を終えて、そのままスーツ姿でも乗れる。事務所に書類を出しに行く時とかはこのスタイル。
今の時期だと、三つ揃いのスーツの上にWoolrichの、裏地にネル生地が当ててあるマウンテンパーカー着て丁度いい感じ。流石にモッズコートは着られないけど。芸風上。
あ、ちなみに僕は、いわゆる「ライディングウェア」は着ない主義。それはSRに乗る時もね。機能上もそれ用に作られたものの方がいいのは重々分かってるんだけど、何故か着る気になれない、というか、買う気になれない。
今はそれなりにカッコいいのが売られているのも知ってるんだけど。

つーか改めて画像見たら、靴下が全開で見えているのはちょっと恥ずかしいかも。クラークスのチャッカーブーツ、こないだ紐が切れちゃったんだよな、買ってこなきゃ。



某役所の出先機関の駐輪場にて。足バイク感満点でいーね。
パイセンも今シーズンは足にツーリングにガンガン使う予定なのでキャリア付けなきゃ。そのためにはある程度ダメ出ししなきゃな、ってコトでせっせと近場で距離を稼いでいる。
アクセル開け直しでひと息つく症状は出たり出なかったり。なんだっけ?何処かのジェット類の不具合でそういう症状が出ることが稀にあるという情報も得たので、時間作ってその辺も確かめてみなきゃ。

そんな感じの2019年シーズンインの記録でした。最近良く飲みに行く友達とも話すんだけど、僕らあと何度夏を迎えられるかわかんないから。ぼちぼち、でもちょっと真剣にそんな季節を遊ぼうと思ってます。


魂を売る必要はないんだ

彼は既に僕の中にいるから

魂を売らなくたっていいんだ

彼はとっくに僕の中にいるから

憧れられたい 崇拝されたい

The stone roses 「憧れられたい」
written by john squire & ian brown 訳 山下えりか

ハタチ過ぎの頃かな、大好きだったバンド。
ジョン・スクワイアのギターはコピーしまくったし、レニは未だにジョン・ボーナムの次に好きなドラマー。
今、改めて歌詞を読んでみると、今の僕は憧れられたいとかはないなー、とは思うんだけど、渇き、というか、心に欠けているもの、は間違いなくあって。
文字にすると滅茶苦茶ださいから書かないけど、恐らく一定数以上の共感は得られるんじゃないか?くらいの内容でね。

でもなー、そういうの、はっきりと、確かに得られていると感じた経験もあるんだよね、形としては今は何も残っていないけど、記憶の中には今も確固としてある。

甘え?贅沢な悩み?人生そんなもんなの?正直よく分からない。
でも、そんなもんだ、でやっていける人間なのだったら今ここには立っていないだろうし、きっとバイクなんかにも乗っていないだろう。


日々の暮らしに道しるべなんかないからね。分からないという事を分かっただけでも良しとするか。




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