Joyride

For the people who want to go somewhere, not here!

カテゴリー: 徒然草 (page 1 of 6)

レギュレーション

時間が作れたので、P200Eのステーター摘出をやってしまう事に。
未知の作業って、取り掛かるまでにものすごくエネルギーを使う。あれこれ仕組みを想像してみたりネットで事前に調べてみたりはするんだけど、最終的には出たとこ勝負になっちゃうからね。始めてみないと自分の手に負えるのかどうかもわからない訳で。

今回の作業も、ラージのフライホイール外すのとか初めてだし、夕方から仕事の予約が入っているし、今日やっちゃっていいかなーと少し躊躇したんだけど、何とかなるだろーと腹を括ってツナギに着替えてバラシを開始。




サイドカバーを外し、フライホイールカバーを外し(この年式は雰囲気のあるマイナスビスで留めてあった)、センターナットをインパクトでがーっと緩め、SSTを使いフライホイールを外すとこの状態。やってみたら10分くらいで出来ちゃった。おー。




スモールには無い、ステーターの位置合わせ印があった。何故かズレてるね。この位置で正常な点火時期が出るのかな?まあ後日上死点を出してタイミングライトで確認してみてもいいね。
取りあえずは現状の位置をマーキングしてこの通り組み直そう。




で、配線を外してステーターAssyが完全フリーになるまで20分くらい。今回は首尾よく行きました。
やってみると、CDIが車体右側、エンジン後部にマウントされているせいか、スモールよりも作業し易かった。案ずるより産むが易し。



ステーターは、ピアジオマーク入りのDUCATI製。ほぼ間違いなく当時の純正品。これを熊本のヴェローチェ・スクーターズさんに送って配線の引き直しをしてもらう予定。ついでに予防整備でピックアップコイルとエキサイターも交換してもらうつもりで、只今受けてくれるかどうかをメールで問い合わせ中。

我が家にある2台のベスパのこと、誰も面倒見てくれないからね。乗り続けたいんだったら自分で手を汚してこの程度の作業はしなければならない。
正直、楽しい事ばかりでもない。今回みたいにすんなり作業が進めばいいけど、そうじゃない時も多いし、仕事が忙しくていつも疲れているし、何か問題を抱えていて考え事をしたい時なんかに修理しなきゃならない事態に陥る時なんかはぶっちゃけかなり面倒くさい。毛布にくるまってソファに寝転んで本を読んでいたい時もあるさ。
でも不動状態が長く続けば続くほど復活へのハードルも高くなる事を経験上知っているから、そんな日でもツナギに着替えて工具を握る。

だし、結局僕ってそのくらいしかやる事ないからね。一生懸命仕事して、飯作って食って、酒を少し飲みすぎて寝て、たまの休みにはバイクに乗ってここではない何処かにふらっと出掛けて、そんなバイクが壊れたら修理して、そんな日々を文字に起こして。それしかする事ないんだよな、気分がいい日もそうじゃない日も。


でもそのお陰で、受肉化された文章は書けるようになったかな、という自覚と自負はある。自分で手を汚した結果を上手く文字にできるようになったというか。
観念的な文章は自分でもすっかり読まなくなってしまった。いくらいい事が書いてあっても面白くないんだよなあ。







「趣味にはレギュレーションがあった方が面白い」という名言を吐いたのはSteel Scootersさんだったと記憶しているけど(記憶違いだったらごめんなさい)、これは実に至言で。
ここでレギュレーションという言葉は多分「制限」とか「制約」という意味で使われているんだけど、まあ具体的には、予算に限りがあったりとか、なかなか修理にかまける時間が取れない、といった事ね。
お金も時間も無尽蔵に趣味に使えたら、それはそれで面白くないよなあって思うのは僕が凡人だからかも知れないけど、僕は本当にそう思う。
今年のボーナスであの部品を入れよう、とか、どうしてもあそこいじりたいから節約しよう、とか。工夫、なんていうのも制限や制約があって初めて生まれるものだとも思うしね。
そういうものがあった方が、少なくとも凡人にとっての趣味は絶対に楽しくなる。これは本当にその通りだと思う。

近くにベスパを修理できるプロが居ない、という事も、僕にとっては大事なレギュレーションのひとつなんだと思っている。時々めんどくっせーな、と思いながらも結局自分で修理するしかないから頭も使えば手も汚す。
誰も診てくれないというレギュレーション(制約)があるから、乗れば壊れるベスパに乗り続けるという事が大事な趣味として成り立っていると言い換えればもっと分かりやすいか。

ここで大事なのは「めんどくさいから乗らない」という選択肢は無い、という事。そんな人生はきっと面白くない。悩みや苦しみが全くない人生があったとして、その味気なさを想像するだけで僕は軽く鳥肌が立つ。
いや、めんどくさいから乗りたい、という訳ではないんだけどね。






やっぱりポール・ウェスターバーグもいいなぁ。この曲大好き。





ゴールデンウィーク

長かった連休もようやく終わり、少しづつルーティンな毎日に戻りつつある。
10連休中何をしてたかっていうと、基本は相変わらず仕事。まだ開業して3ヶ月ちょっと、休日をフルに満喫する器量じゃないよね。ましてや僕の仕事は働いた分だけ、働いた分しか収入が発生しない仕事なんでね(仲間内でも「オレたちマグロだからなあ、走ってないと死んじゃうから」なんて笑い合う)、まあこの仕事のことは嫌いじゃないから苦でもなかったけど。

今年のGWはそこそこ忙しかったんだよな、年々暇になっていく一方だったから、例年になく長い連休が始まる前はさてどーすっかな、と頭を抱えてたんだけど、そんなのは全然杞憂で、ふたを開けてみたら嬉しい悲鳴だったという。まあいいことです。零細個人事業主としては。

GW中の仕事は相変わらず面白かったですよ、人情味あって。
夜中に乗せた若い女の子。チェーンのハンバーグ店まで、という指示で、まあ基本寡黙なドライバーなので特に会話もなく目的地の近くまでスルスルとクルマを走らせ、あれ、お店の駐車場に着けてよかったすかね?と聞けば、店の玄関前で、とのこと。
クレジットカードで決済している途中(少し時間がかかる)におもむろに彼女は「今日ものすごく嫌なことがあって…だからいっぱいパフェ食べてやるんです」と、真面目な顔で、頬っぺたを膨らませながらつぶやいた。
うは、やけ食いする人ってホントにいるんだ、と驚いたのもあり、彼女の真剣な様子が可愛らしかったのもあり、僕は思わず吹き出しながら、あー愚痴あるなら話してくれれば、私お話聞いたのに!と返した。
話聞いたのに、とは言ったものの、ドライバーの仕事としてはこれでほぼフルコンプリートで、実際真剣な表情は少し緩んで、決済の終わったカードを返してドアを開け、じゃ、いっぱいパフェ食べちゃって下さいね、と笑顔で言いながら送り出すと彼女も笑いながら深々と頭を下げてくれた。機微は伝わっているのだ。パタンとドアを閉め、走り出す。

どう?素敵な仕事でしょ?たまにほんの一瞬、少しだけだけど、人の心に直接触れているような経験をする。だからやめられないんだよな〜。



でもまあ少しは連休らしい事もしたいよね、って事で、仲間内の気の合いそうな奴らを誘って、SR4台で沿岸を走りに行ってきた。まあたまにはいいよね。
LINEでグループを作ってみんなで計画を練って、宮古から山田、大槌を抜けて釜石道でバック。この日は本当に天気が良くて、強い日差しに照らされた大好きな三陸の海は本当に綺麗で。やっぱり僕は三陸沿岸が好きだ。ただ通り過ぎるのがもったいなくなるくらい。



お昼に食べた海鮮丼も美味しかったなぁ〜



この日は250kmくらい走ったのかな、まあそんな長距離じゃないけど、実は数年前にSRを復活させてから1日にこのくらいまとまった距離を走るのは初めてで。
法人で働いていた時は仕事のシフト上時間もなかったし、いつも疲れていたから体力もなかったんだよね。これだけの距離を走るほどの。
だから、そういう遊び方が出来るようになったんだなぁって事が一番嬉しかった。本当に満を持しての一日だったんだ。

そんな一日に付き合ってくれた友達には本当に感謝です。改めてお礼を言いたいです。ありがとう。







そういえば、遠藤ミチロウさんの訃報を聞いたのもGW期間中だった。
公式が発表したツイートをほぼリアルタイムで見て、悲しいというよりはものすごく寂しくなって、仕事中だったから帰宅後SNSにてそんな気持ちを吐露させてもらった。以下引用します。



ミチロウさんが亡くなった。
ミチロウさんは僕の大学の先輩で、在学中に一度、講演会的にキャンパスに来てくれた事があった。
当然見に行くよね、実際に見たミチロウさんは、とても背が小さくて、それでも存在感というか、身にまとうオーラが凄くって。トークタイムが終わって、場が質問コーナーに移った時に僕は挙手して「普段どんな音楽を聴いていらっしゃるんですか??」と質問したら、ミチロウさんは(このガキ嫌な質問しやがる、お前なんかに種明かししてらんねーんだよ)という表情をほんの一瞬だけ顔に浮かべて「自分が書いた曲聴いてますよ、それって結構勉強になるんです」みたいな答えではぐらかされたの、昨日のことみたいに覚えてる。
氏は、日本の音楽史上で唯一無二とも言えるオリジナレイターだったと僕は思っている。こんな人、この国の風土からはそうそう出てこない。この喪失感のおおきさはルーリードが亡くなった時以来かも知れないなあ。
リンクは、震災後に福島出身であるミチロウさんが大友良英さんらと立ち上げた、プロジェクトFUKUSHIMA発足時に氏がに寄せたメッセージです。こんなすっとした、筋目が通った文章そうそう読めない、そう思って、ずっと心の中にブックマークしてた。
故人のご冥福を心からお祈りいたします。

横田琢哉 on Facebook

引用文中のリンクとはこの文章。震災後、まだ日本中がパニック状態で、御多分に洩れず僕自身の頭の中も混乱していた時期に、こんな理路整然とした言葉に触れた僕ははっとして、この文章は絶対に忘れないようにしよう、と心に決めた。
忘れない、と決めたから、ブラウザにブックマークは一切しなかった。ふっと思い出した時にプロジェクトFUKUSHIMAで検索し、そのページを探して、読んだ。能動的にアクセスしたかったんだね。
だから、blogにリンクを貼ったりするのも今回が初めて。

今読み返しても、最後の2段落は背筋が伸びるし、涙腺も緩む。
改めて故人のご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとう。さようなら。




約束したから書くね。
このアホな写真は、当時住んでいた学生寮の寮祭で女装コンテストをやった時のもの。左の後輩がミス北辰寮で、フリッパーのピアス付けてる右側が僕で、準ミスだった。
写真が褪せているから良くわかんないけどばっちりメイクしてもらってて、後輩は顔立ちもはっきりしているから本当に可愛くて、で、僕は、あーこういう女、いるよなーいるいる、という基準で選ばれた記憶がある。なんつーの?蓮舫枠っつーの?

この頃の僕は(書くのも恥ずかしいんだけど)思春期をこじらせていて、何もかもがうまくいっていない気がしてとにかく暗かった。心優しい友達が何人も、そんな風に思う事ないよお前全然普通じゃん、といってくれたりもしたし、当時一生懸命やっていたバンドでも、いいギター弾くんだからもっと自信持って弾けばいいのに、と何度も言われたけど自分に自信なんて全然持てなかったし、ギターだって自分が弾けてるなんて思った事は本当にただの一度もなかった。
心持ちがそんなだから実際に上手くいかない事も多く、自分自身や周りを傷つけてしまった事も何度かあった。今思い出しても本当に暗かった。

その後、そんな自分に心底嫌気がさし、ぷっつりキレちゃうんだけどね。こんなんで悪かったなコラ、文句あっかコラ、とヤケになったというか、捨て鉢になったというか。そうしたら途端に周囲の歯車と噛み合い出し、それどころかその歯車は勢いよくぐるぐると回り出して、あーこんな事で良かったんだ、って拍子抜けしたのも覚えてる。
その後どうなったかというと、なんかただのオニーチャンになっちゃってね、随分ハメも外しました、それについては反省もしているんだけど。

で、実家を引き払った時に出てきたたくさんの写真を整理していた時に見つけたこの写真を見た時に、半ば忘れていた、鬱々としていた昔の自分がばーっと思い出されて。
その瞬間、本っっっ当に滅茶苦茶後悔した。なんでもっと自分を大切にしてあげなかったんだって。輝いていた部分もそれなりにあっただろうに、なんでそれに気付いてあげられなかったんだって。当時の自分に土下座して謝りたいくらいの、本当に人生最大の後悔。

まあそういう時代があった結果、音楽を好きになったし、本も読むようになったし、考えることを覚えたしで、悪いことばかりじゃなかったんだろうけどね、でもそれは今この歳になったから言える事なのかも知れないし。


こういう過剰な自意識に苛まれる人って、いつの時代も居なくならないんだなぁって事に改めて気付いたのも今年のGWの事だった。
きっと100年前も200年前も、江戸時代にも平安時代にも、なんなら国境を超えた世界中に居たし、今もいる。僕の場合は少し極端で、今でも今でいう隠キャである自覚はあるんだけど、ある意味普遍的な悩みなんだろうね。

だから、諦めなければ道は必ず拓けると思うなあ。



そーだよ、だってみんな若い頃スミス好きだったでしょう?まあ僕は今でも好きなんだけど。Still illって曲名もすごいよなあ。
モリッシーめっちゃカッコいい。そして客席の雰囲気、ロックのライブとは思えないくらい暗い。イイね。




路上にて

先週から、ようやく新しい環境で仕事を始める事が出来た。

そう、僕はタクシーの運転手なんです。

で、8年余りにおける法人での修行期間を経て、今般、満を持して独立開業出来た、という訳。
別に転職という訳でもないし、今月半ばに正式に認可状を頂くまでは最後の最後まで開業出来るかどうか分からないという状況だったので、今まで奥歯にものが挟まったような言い方しか出来なかったんだけど。


僕はもともと個人タクシーの運転手になりたくてこの業界に入った。でも、個人タクシーの営業認可とは簡単に手に入れる事が出来るものではなくて。
具体的には、僕の歳であれば、法人でのドライバー経験が10年以上、申請前3年間は無事故無違反が必須。その他色々な条件があって、なかなかにハードルは高い。人の命を乗せてする仕事だから誰彼にやらせる訳にいかない、という事なんだろうけど。

だから、本当に数年来の悲願だった。特に3年前からは好きなバイクも満足に楽しむ事が出来ず、かと言って結局仕事も運転だから、常にそういう意味でのリスクと隣り合わせの日々を過ごしていた。カッコ付けずに正直に言えば、精神的にも肉体的にも辛い修行期間だった。


仕事には三揃いと地味なメガネ、オールバックでビシっとキメていく。馬子にも衣装じゃないけど、着るもの着ると変なオーラがきれいさっぱりと消えるのね、自分でびっくりするくらい。以前の僕を知っている同業者が僕と気付かないくらいの変わり様(僕、チャラい運転手だったからなー)。
フォーマル、ってこういう事なんだろうな、仕事上不必要な個性を消し、貴方と同じ世界に住んでいますよ、同じ言葉が通じますよ、という事を相手に言外に伝えるためのもの。こういう仕事には特に必要だろう。

決して安い仕事じゃないからね、こんなのは苦痛でも何でもない。毎朝仮面ライダーよろしく「へーんしん!」と呟きながら髪を撫でつけています。

オフの日はこんな感じです。新しいオーナーのもとに旅立ったクラウンワゴンと。なんか色々すみません。




それでは無事開業出来た今、毎晩さぞ旨い酒を飲んでいるんじゃないか、と思われるかも知れないけど、開業したらしたでそんな余裕なんて全然無くて。
仕事自体は基本的に今までやってきた事と変わらないんだけど、高速道路を使った長距離がメインになった。だし、如何せんそこは個人事業主、今まで会社の事務方に任せてきた事も全部一人でやらなければならない。当然年金も国民年金だし、保険も国民健康保険だ。支払いは天引きなどではなく自分でやらなければならない。
まずは今までと全く違う生活のリズムに慣れなければならないし、毎日帳簿類を付けなければならないし、領収書も管理しなければならないし、新しい環境での先輩方に行き合えば粗相のないように自己紹介もしなければならないしetc etc…。正月休みが終わった辺りからかな、心も身体も休まる事がない日々だった。今日ようやくキーボードに向かう余裕が出来た。

まあこれも慣れてくればルーティーンになるだろうな、とは思っているけど。

新しい愛車、というか、仕事のバディだね、は、クラウンセダンTSS10H。もう既に2000kmくらい運転したけど、いい事もそうじゃない事も想像通りのクルマ。奴の事は基本気に入っているけどね。
まあこれについてはそのうち別項を起こします。


そうそう、早速故障の洗礼も受けた。エンジンチェックランプが点灯したのだ。とりあえずアイドリングも安定していて吹けも悪くないので???と思ったが、早めの3ヶ月点検を受けた時に工場に診てもらったら、触媒に付くO2センサーと空燃比センサーが壊れているとの事。38万km走っているクルマなので全然仕方ないとも思うけど、修理代金は当然自腹。修理の段取り、日程調整なども全部自分でやらなければならない。当たり前だけど自営というのはそういう事。





…分かる人はものすごくよく分かると思うんだけど、「フリーランス」って全っ然自由なんかじゃないんだよね。しがらみにも縛られるし、誰も守ってくれないから最低限度の保身はしなければ生きてすらいけない。ましてや僕がやっていくのは男の意地やメンツやプライド、何よりもリアルにカネが絡む世界だ。既に何度か洗礼は受けているけど、そのマナーは内側ではフォーマルなものでは全くなく、どちらかというとバックストリートのそれだ。

それも自分で好きで入った世界、不平なんて全くない。むしろ僕みたいな人間には居心地がいい。今まで培ってきた、僕が持つ社会性みたいなものを総動員して凌いでいこうと思っています。

…仕事も路上、趣味も路上。そう、不満なんてある訳がない。思い返せば物心ついた時から路上に恋い焦がれてきたんだ。
スマートフォンで見ている人は分からないかな、このblogには”For the people who want to go somewhere, not here!”というサブタイトルが付いている。「ここではない何処かへ行きたいあなたへ」という意味で、20年前にWeb上に文章を書き始めた時以来気に入って使っているキャッチなんだけど、何処かへ行きたいのは他でもなく自分自身だという事は自覚している。

死ぬまでこのままいくんだろうなー。まだ終わっていないけど、なかなか楽しい人生だったよ。

今やほとんど投稿する事もなくなってしまったFacebookだけど、こういう人生の節目の挨拶は流石にしなきゃな、という事で、開業した旨を知人友人に報告したポストに沢山のリプライを頂きました。
学生の頃からの古い友達が「まだまだこれから二転三転するから。そしてそれが楽しいんだよ」という言葉をくれて。そうだね。全くその通りだ。
そんな最近のBGMはこの曲以外にない。ベタだけど。

ディラン先生の“How does it feel?”との問いには「まずまずかな」と答えておきましょー。




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