Joyride

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Category: 徒然日記 (page 1 of 15)

日々 2018年10月

 

先日、県南の街で好きなミュージシャンのライブがあって。電車で1時間かけてその街まで行ってきた。
東北本線なんて久しぶりに乗るから事情よく分かってなかったんだけど、盛岡から会場がある奥州市まで行く電車、2時間に1本くらいしか走ってないのね、なので17時30分オープンのライブだったんだけど水沢駅に降り立ったのが16時。時間もあるし、ライブ前に腹ごしらえするべえと駅を出た僕は愕然とした。

 

開いている店が無い。

 

チェーン店の居酒屋がその時間にもう営業を始めてて、でもその他にものを食べられそうな店は一件も無くて。というか、駅前の商店街とか8割がたの店はシャッターを降ろしている。駅前にはパチンコ屋はおろかコンビニすらない。

 

小さいとはいえひとつの市の駅前にだよ?なんなんだこれは。

 

奥州市(昔の水沢市ね)に来たのなんて10年以上ぶりだけど、ここまで寂れてた記憶はない。いや、東北で一番栄えている仙台だって郊外化が進んではいるし、奥州だって国道のバイパス沿いにはそれなりに店舗や人通りはあるけど。でもこりゃまるっきり廃墟じゃないか。
10年前だって栄えていた訳ではなかったけど、その10年の間に過疎化がさらに進み、街は疲弊していったという事なのだろう。

 

ライブ会場までの5分くらいの道のりを歩きながらも気分はどんどん落ちてゆく。さっき8割って書いたけど、商店街をずうっと歩いてみたら9割以上の店舗のシャッターが降りていた。休日の夕方なのに人も全然歩いていない。
会場の場所を確認し、それでも開演まで時間はたっぷりあったから、ようやく見つけたコンビニでチキンを買って食べ、その時には既に気分はかなりやさぐれていたので迷う事なくビールを飲む。夕暮れ時の寂れた街の外れにあるコンビニの前でひとりでビールを飲みながら感じる寂寥感は相当なものだった。せっかく楽しみにしていたライブの前なのになあ。

 

僕の精神状態のせいでそう感じたのではないと思うけど、ステージはちょっと荒れた手触りだった。氏のアコースティック・ソロを観たのは21年?22年?振りだけど、そのステージで頭をガツンとやられて、その時以来のファンで。だから今回のライブもものすごく楽しみにしていたんだよね。
演奏は素晴らしかったよ。ギタープレイも神がかっていた。でも心の底から楽しめなかったのは何故なのか、本当の理由が何だったのかは僕にも未だに分からない。

 

氏には会場のキャパが、色んな意味で小さすぎたのかな、という気はした。観客も20人居なかったらしいし。まあこの小ささのおかげで、憧れのミュージシャンとひと言ふた事言葉を交わすことも出来たんだけど。
次、機会があるとしたら、当初の予定通り仙台か弘前で観たいなあ。

 

 

 

少し体重が減った。ぐへへ。
Max時から3kg減。あと2ヶ月で-2kgいけんじゃね?そしたら目標達成なんじゃね?とか一瞬思ったが、ここ10日ばかり体重は一進一退。
まあこればかりはやれる事をコツコツと続けるしかないんでね、雪が降りだす12月まで、食事に気を遣い適度な運動を続けようかなと思ってます。

 

 

で、今日はSRをいじる。今月ショップのツーリングがあるんだよね、その準備を兼ねて。
外していたセンタースタンドを付けた。余裕かな、と思ってツナギも着ないで作業始めたけど失敗だった。結構難儀して、部屋着のジャージはすっかり汚れた。

 

バッテリープレートも取り付ける。この部分、DIY的に自作部品で組んでいたんだけど、不安なく長距離を走るための準備として市販品を手に入れておいたのだ。
振動も多いバイクなんでね。

 

これで長距離も安心。今年は正直500kmくらいしか乗ってないけど、来年は泊りがけのツーリングに行くぞ。

 

リアフェンダーの前部にひっそりとショップのステッカーも貼り…

 

小雨が降っていたのでカーポートの下で久しぶりにエンジンをかける。やっぱりセンタースタンドあると整備はラクだな、空気圧点検も楽チン。
さて、ツーリングの日は晴れますように。

 

 

 

 

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんな事をして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる

It’s a lonely road
You are every song
これは事実

宇多田ヒカル「道」 作詩・作曲 宇多田ヒカル

 

この人がデビューした時のことは良く覚えていて。本当に凄かったんだよ、当時はまだシーンを俯瞰するような聴き方をしていたから分かったんだけど、「女性シンガー」って属性が主な売りだった方々(失礼な言い方だけど)の魅力が一瞬にして消え去るくらいの破壊力だったんだ。
メディアの煽りも凄くてね、どこを見ても天才少女現る、の文字一色で。僕は当時まだ屈折したロック青年で、素直にいいと言えなくて、それでもしっかりCDは買ったもんなあ。実際よく聴いてもいた。

当時読んでいた「噂の眞相」という雑誌に、三田格さんというライターが「今月のRockin’ Off」とかいうフザケたコラムを書いていて。その月にリリースされた音楽を3行くらいの短文で小馬鹿にした調子でこき下ろす体のコラムだったんだけど、彼女の1st.アルバムが出た時、氏は「16歳の少女がこんな音楽を作るということの理由をもう少し良く考えた方がいい」といった趣旨の文章を書いた。
そのコラムでそんな真面目な文章を見たのは後にも先にもその時きりだったから、妙に心に引っかかってずっと覚えていた。

彼女のお母さんが亡くなった際に彼女がオフィシャルで出したコメントを読んだ時に真っ先に思い出したのは、件のコラムの一文だった。少なからずのショックを受けたし、その時、何かを表す時に天才(的)という言葉は金輪際使わないと決めた。
そして、この曲。”You are every song / これは事実”って歌ってるからね。そのまんま。

確かに才能のある方なんだろう。色んな想いがあるのは誰だって想像できるだろう、ましてや感受性が常人の比じゃないくらい強い方だ。一面にはどんなネガティブな感情があっただろう事は考えるだけで僕なんかは言葉が出なくなる。
それを、こんなに平易な言葉で、しかも聴き手に想像する余地を残した形で完璧なポップソングにする事ができるのだから。

 

そういやこないだ新しいアルバム出たんだよなあ。聴いてみようかな。

 

 

 

 

 

日々 2018年9月

仕事のシフトが変わって、朝の通勤時間が早くなった。
毎朝5時に起き、身支度して家を出るのは6時前。相変わらず雨が降っていなければET-3で通勤しているのだけど、その時間の寒い事と言ったらない。仕事着の上に一枚薄手の上着を羽織って乗るのだけど、片道3kmの道中も辛いレベル。8時も過ぎればTシャツでも過ごせるくらいまで気温は上がるのだけど。

 

そんな季節の変わり目だからなのか、月初に久し振りに風邪をひいた。僕が風邪をひく時はほぼ必ず喉からなんだけど、ある週末に咳が出てきて。ありゃまずいかな?と思い、週明けに病院に行ったんだけど手遅れだったのか熱が出て。

それが変に長引いちゃって、ほぼ4日何も出来なかった。今も咳と鼻水が出るのでまだランニングは出来ないし、時間を無駄にしている感が半端ない。試験勉強もしなきゃならないからただでさえ忙しいのに。

 

久しぶりにひいて思ったけど、こういう時間の無駄は出来るだけ避けたい。なので、なんか小学生みたいなんだけど、外出から帰ったらうがい手洗いを徹底する事にした。若い頃みんなお世話になったイソジンですな。
妻に、朝起きがけもうがいするといいらしいよと助言を受けたので、そちらも合わせて敢行しております。

 

怪我の功名じゃないけど、熱がある間、食事の量が減って酒も飲まなかったら体重が減った。毎朝トイレに行ったあとにすぐ体重計に乗るんだけど、体重って1kg弱は日によって変動があるからね、前の晩に何をどのくらい食べたのとか、そういう事で左右されるんだと思うけど。で、ただ寝てただけだったのにアベレージで500gくらい減って、こりゃ運動も大事だけどやっぱり摂るものも大事なんだな、と。

で、先日からその辺も見直しております。

 

朝はグラノーラ入りのヨーグルトとバナナ。

 

昼はサラダのみ。仕事中なのでコンビニで売ってる奴だけど。

 

で、夜は普通に。今年の秋刀魚は旨いね、型が大きくて油が乗っている。
で、いずれの食事も満腹になるまでは食べない。

晩酌は350mlの発泡酒を一本、あとは芋焼酎をロックで。摂取するカロリーは「出来る限り」控える方向で。米を一切食べないとか酒を一滴も飲まないとかは無理なので。

シーズンオフまでに5kg減らすのは無理だったなー(多分)。とりあえず早く喉が良くなって欲しい。走りたいよ。

 

あ、仕事のシフトが変わって、規則正しい生活を何年かぶりで取り戻したんだけど、やっぱりいいね。不眠の症状が一気になくなった。今は眠剤もほとんど飲んでない。

 

 

知人が急に亡くなった。故人と僕はそんなに親しい間柄ではなかったんだけど、僕が親しい知人が仲良かったみたいで、で、彼は相当ショックだった様で、若干我を失っている様に見受けられたので飲みに誘って思いを吐き出させる事にした。

氏は初めはその話題に触れようとしなかったんだけど、酔いがだいぶ回った頃に話し始めて、色んな事を話した。
こういう時、酒はいいね。いい意味で感覚が麻痺するから。
日本人はコミュニケーションを酒に頼り過ぎる、なんて話も聞くけど。まあ僕ら一般人だしなー。器量も知れてるからね、頼れるものには頼っとこう、取りあえず。

 

ひとが死ぬ、って事は、なんと言うか、人生で一番大きなイベントのひとつで、自分にもそういう時期が近付いてきているなってのは日々感じてて。だから他人事じゃないんだよな。
昔、友達が「生き様」だけじゃなく「死に様」って言葉もあるんだよ、って教えてくれた事があって。そろそろそういう視点で自らの人生を考えなきゃならない時期なのかもね。

 

 

 

氏が亡くなってから、RCの曲は殆ど聴かなくなってしまった。もっと正確に言うと、聴けなくなってしまった。
あまりいい聴き方をしてなかったんだろうね。若い頃一番影響を受けた人だったんだけど。
でもこの短い映像は大好きで、今でも思い出した様にたまに観る。

数年前に清志郎の墓参りをした時、偶然なんだけど多摩蘭坂も歩いて登った。泊めてもらった友達の家が国分寺にあって、国立の駅を降りてこの坂を登ってそいつの家に行ったんだ。
今でもファンが来るらしいね、友達が「ウチのが『なんかいつも変な人たちが集まってる』とか気持ち悪がってるわ」とか言ってふたりでげらげら笑った記憶がある。えーこれからあなたの家に行く夫の同級生も変な人の一味なんですけどー。お邪魔していいのかしら。

 

曲ももちろんいいのだけど、清志郎の表情がいいんだよな、ものすごくいい顔。惚れ惚れする。
この映像の清志郎、確か今の僕と同い年くらいなんじゃなかったかな?清志郎が48歳の時の映像だったと思う。
清志郎をはじめ先人の方々のおかげでなんだか変な大人になっちゃったって自覚はあるけど、流石にこんなツラ付き出来てる自信はないなー。

 

 

 

 

 

日々 2018年8月

 

人生の後半を生きるにあたっての準備の準備のため(ややこしい書き方だけどこう書く以外に書きようがない)の勉強会が8月頭から始まった。
試験があるんですよ、法令の。まあそんなに難しくはないとは言うものの素手で受けたらボコボコにされるのは目に見えているので、毎日400頁以上あるテキストを眺め、練習問題を解く日々です。風呂上がりに酒も飲まずにペンを片手に練習問題に向かう父親を見た子供たちは「お…おとうが勉強してる…」と驚愕のまなざしで僕を見る。

確かにこういう姿を家族に見せた事はなかったかも。そもそも昔の話もあまりしないから、娘が僕が一応大学を出ているという事を知ったのも割と最近の話で、その事を知った娘は大層びっくりしてたっけ。

 

こんな僕も一時期は法律の条文を読むのを生業としていた事もあった。基本六法の中では民法を主に、たまに商法。あとはほぼ手続法だったからそっちはまだ読みやすかったけど、現職の頃は民法も商法もカナ書きの文語体だったから滅茶苦茶読み辛かった、というか、解説書がなければほとんど理解不能だった。

民法とか条文に濁点がないんだよね、制定当時、法律の条文はとても神聖なもので、濁点で濁すのを善しとしなかったんだという話を先輩に聞かされた記憶がある。
濁すことを善しとせず、か。確かにそんな格調の高さはビシバシと伝わってきたっけなあ。

 

まあそんな昔を思い出しながら勉強する日々です。

 

 

 

月初に北海道に行った時に借りたレンタカーはホンダのFitだった(現行型の4WD)。今出来のクルマにじっくりと乗る機会もそうそうないから結構楽しい体験ではあった。

ひと言で言うなら「燃費スペシャル」なクルマだったなあ。
動力性能は、1,300ccの4WDのレシプロエンジンのそれ。スペックなりで過不足はない。しっかりしたハンドリングと相まって、北海道のかなり速い交通の流れに乗って走るのは容易。一般道での一日200kmの移動も軽くこなす。そんな状況での燃費は20km/lオーバー。フルタイム4WDでこの数値は素直にすごいと思う。

けど、「サムシング」はまるで無いなー。僕が惹かれる萌えポイントは全くなかった。ロードノイズは大きめで道路の目地を越えた時には「パンパン」という音が大きく車内に響く。タイヤは6分山のDNA ECOSだったけど、音はタイヤじゃなくて車体の造りに由来してるっぽい。
かなり固めの足回りは、舗装の状態のいい道を走っている分には問題ないけど、市街地の荒れたアスファルトの上を走るとローリングが盛大に発生して、同乗者に不快感を与えないように運転するのは骨が折れた。

前述の通り走る曲がる止まるは全く不自由がないのだけど、もろもろ差し引くと何も残らないというか。Theピーズの初期の名曲に「納豆ばかり食っててもいいのか?」ってのがあるんだけど、そんな感じというか。納豆は安いし旨いし栄養もあるけど、毎日毎食食べるのは僕は寂しい、ということ。
自分で金払って買うか?と聞かれたら、うーん、と答えに窮する感じというか。うーん。

 

 

 

先週、縁あって2週間ほどカナダにホームステイをしてきた娘が日本に帰ってきた。
どう?楽しかった?と聞くと、日本に帰ってきたくないくらい楽しかった、と。みんな服装とかも自由で、自己主張全然オッケーで、無理に周りに合わせたりする必要がなくって最高すぎた、と。ほーほーほー。感受性の強いところがある娘は、短期間のうちに見るべきところをしっかり見てきたらしい。

 

で。
その事について一説ぶとうかな、8月の「日々」はこれで行こう、何書こう、と頭を捻っていたら、尊敬するミュージシャンがほぼ毎日書いているblogの今日の記事がこれだった。

 

おこがましい事は重々承知の上で書くけど。
最近僕の頭の中と氏の書く文章がドンピシャでシンクロする事が多い。先日、氏は「生まれ変わりたいとも人生をやり直したいとも思わない」という趣旨の事を書かれていて、その時も震えたんだけど。何故かと言えば、僕が飲みに行って酔っ払うと吐くセリフそのものだったから。

 

そうね、同調圧力。強烈だよね。僕なりに抗っていたら気付いたらここにいたよ、って感じ。
僕に関して言えば、たたかい方は甚だ不細工だったんだろうな、この鴻上尚史さんの文章、若い頃に読みたかったよ、と思ったから娘にも読ませた。娘の感想は、なかなか自分には難しい、というものだった。
そんな娘には100個くらいかけたい言葉あったけど、ひとつだけ、自分にとって居心地のいい場所が何処かって知ることが出来ただけでも貴重な体験だったんじゃないの?と話した。

北海道で息子に話した言葉の趣旨も同じ事だったよね。環境によって住み心地は全然違う、そして君達にはそれを選ぶ時間も自由もあるんだ、という事。
ふたりの子供にはその事はうまく伝えたいなあ。伝わるといいなあ。

 

で、ね。
そんな折、TwitterのTLにカナダのトルドー首相の画像が流れてきた。シンクロは続く。

僕も両肩と左胸にタトゥーを入れているけど、家族以外の他人にはまず見せない。開陳するのはロックフェスとか、まあ許されている銭湯とかでだけだ。何故かと言えば、僕が住んでいる田舎ではそれが致命傷になりかねないからだ。具体的に言えば、意地の悪い近所の人に、職場に密告される、とか、ね。くっだらねえ、と思うけど、失職したら僕はともかく家族に迷惑がかかる。そういう空気を肌で感じているから。会社の車で家に帰ってきたりしてるからねー。

いや僕の仕事なんて全然大した仕事じゃないんだけどさ、でも彼の国では首相がモロ出しですよ、どうなのこの自由さ加減は。

 

まあ鴻上さんも書いていたけど、日本には日本の良さがあるんだろうけどね。カナダにはカナダの辛さも。きっと。
だし、ここまで来たら僕はこのまま行くけどね、鍛錬の成果もあるのか、俯瞰して見れば同年代にしてみれば今は同調圧力的なものからは全然自由なはずだし。実際辛さも最近はほとんど感じない。
あとは心の中に楽園を作って、来るもの拒まず去るもの追わずでやっていくだけかなー。

 

 

グッドバイ・アンド・ハロー。ふふふ。

 

 

 

 

 

 

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