Joyride

For the people who want to go somewhere, not here!

Author: ヨコチン (page 1 of 32)

日が暮れても彼女と歩いてた

 

 

現実逃避第二弾。

件の試験まで10日を切り、まあ正直仕上がりは順調なんだけど、「絶対に落ちることが許されない試験」に挑むというのも心理的に結構なプレッシャーで。ちょっと一息つきたいなあ、と。今月一本も記事書いてないしなー。

 

 

最近以前にも増して妻との喧嘩が増えた。
若い頃の僕はウルトラスーパーダメ男で、当時の喧嘩の原因はいつも100%僕にあったが、流石にこれじゃまずいよなあとダメ男を返上してからの喧嘩はまあ原因はいつも同じで、僕の中には僕なりに正当な理由があって悲しくなって腹を立てる。
その理由を(多分妻よりも)理解している娘はもう慣れたもので、言い争いが始まるとさっと二階の自分の部屋に上がっていき、それが落ち着くと下に降りてきて、ソファでぐったりしている僕に何事もなかったように話しかけてきたりする。

が、心の優しい息子はそれが結構ストレスなようで、昨晩もやんわりと、しかししっかりとした態度でいいかげんにしろ、とたしなめられた。
そんな息子の説教を体育座りで聞きながら、申し訳ないなあと思いつつ、オレも別に言い争いしたくてしている訳じゃないんだよなあ、と心の中で独りごちた。
悪いなって、申し訳ないなあって思ってるよ、器量の小さい父親で。でもそれがおとうなんだよ。

でもやっぱりよくないね、こういうの。

 

 

はなから無いものを欲しがったところでそれを得られる訳がないことくらい頭では分かっているつもりなんだけど、それでも期待してしまうのだろうか。

いや、期待というのとも少し違うと思うけど、いずれにせよそんなに物分かりがいい人間なのだったらいい歳こいてバイクになんか乗ったりしないし、ロックなんて音楽に執心したりもしていないのだ。

 

それが僕の器量だという事なんだろうね。僕は大人だけど、立派な大人なんかではないという事なんだろう、きっと。

状況はそのまま受け入れられないけど、自分がどういう人間かという事は少しだけ分かった気がする。

 

 

 

 

何にも言わない
ウチには帰らない
彼女と歩いてた

日が暮れて 河を見て
橋の上を電車が通る

とりあえずブラついてよう
さみーから酔っぱらっていよう
いーよな 会いたかったよ

日が暮れても彼女と歩いてた

みんなどんな顔してたっけ
ひとりづついなくなったんだ
ほんで最後は二人で
飽きるまでずっといたのさ yeah
みていたい まだみていたい
何にもみあたらねーや
オラ夢の中なんだ

どこの誰が 本当ににしあわせなんだろーか
冷たいヤな奴も
体だけはあったかいだろーや
一体あれは何だったんだろーか
いつまでも おぼえてる
クサりながら おぼえてる

何にもいらない
ほかにはいらない
彼女がまだそこにいればいーや

日が暮れても彼女と歩いてた

Theピーズ 「日が暮れても彼女と歩いてた」 作詞・作曲 大木温之

 

Theピーズの大好きな曲。

オフィシャルの音源で聴けるこの曲は3テイクある。アルバム「とどめをハデにくれ」に入っているオリジナルテイク、’97年の活動休止までの音源から選曲されたベストアルバム「ブッチーメリー」に入ってるライブテイク、小説家の絲山秋子さんが書き下ろした小説「逃亡くそたわけ」の中でこの曲を含めてピーズの何曲かの歌詞を引用し、後に小説が映画化された時に再録された2007 Version。
どのテイクもそれぞれに味わい深いのだけど、シェアしたのは2007 Ver.だ。恐らくバンドとして最も脂がのった時期の演奏だけあって聴きごたえは一番ある。

ちなみに絲山さんの小説のなかでこの曲は、この曲を引用したかったから小説を書いたんじゃないか、などと想像してしまうくらいいい場面で、ものすごい筆致で書かれている。引用するような野暮はしないけど。この曲が好きな人は是非一読をおすすめします。

 

酔っぱらって聴くピーズはいつだって最高で、よくリビングでも流していたから子供たちもこの曲のことは知っていて。
娘なんかは「おとう、この曲LINE Musicに上がってたよ、ウケた」とか言いながら鼻歌でサビのメロディを歌ったりする。それを聞いた僕ははっとして、それからはヘッドセットで聴くことにした。中学生の女の子はまだ知らなくてもいい風景だ。

 

ハルは、知っている人も多いと思うけど玄人筋からの評価も高い人だ。彼のことを「人生のパンチドランカー」などと表現した文章も読んだことがあるけど、ピーズの音楽は、優しくて真面目で気が小さい普通の人が描いた私小説ロックよね、僕が言うならば。

でもハルがファンたちに愛され、しかも優れたアーティストであるゆえんは、その私小説を皆が読める形にしてひとつひとつの作品として昇華する能力を持っているという事。それが皆の心の中にある、弱くてちっぽけでありふれた感情と触れ合い、ささやかだけどとても綺麗な円環を描く。

 

ハルがこの曲で描いた風景は、儚いけれどとても美しく、ある種のひとにとっては切実でかけがえのない風景だ。もちろん僕にとってもね。

 

 

 

 

 

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件の試験まで残りひと月を切り、正直blogなんて書いている場合じゃないんだけど、無性に書きたくなって更新です。テスト前になると部屋の片付け始める中学生みたいだね。まー精神年齢、あの頃とあまり変わってない気がするし、そういう事なんでしょう、きっと。
今年の秋は気持ちよく晴れた日が多く、湿度も低く空気も澄んでいるから岩手山もよく見える。今年の秋はいい秋だ。

 

日曜日、お世話になっているショップのツーリングがあって、SRで遠野まで行ってきた。天気にも恵まれて、紅葉がぼちぼち始まった岩手路をまあ気持ち良く走れて楽しかった。詳しくはこちら(ショップのblogに飛びます)。
つーか勉強しろよお前。

 

 

 

 

ツーリングの休憩中なんかも感じたんだけど、やっぱり僕は若いコが好きなんだな。SR仲間に大学受験を5浪中、という豪快な生き方してるバカ(褒めてます)が居るんだけど、もう滅茶苦茶可愛くって。つーかおめー今年こそは受かれよ、受かっちゃってから心置きなく遊ぼうぜ、とか奴の肩をグーでぐりぐりしたりしてじゃれてた。

 

若いコって、これからじゃない?何もかもが。まあ人生楽しい事も多いけど辛かったり悲しかったりする事もたくさんある、努力して報われる事もあればいくら強く願っても叶わない想いもある。でもそういうのも全部ひっくるめて、僕みたいな薄汚れたおっさんから見るとみんなキラキラ輝いてるんだよな、眩しいくらいに。どんな人でもね。
そういうの見ると、何かが胸にこみ上げてくる。何と言えばいいのだろう?敢えて言葉にするならば、それぞれにそれぞれの人生をより良く全うして欲しいな、という気持ちなんだけど。

何故そういう想いが自分の胸にこみ上げてくるのかは分からない。でも、若いコを見ている時はいつもはっきりと感じる。以前書いたBAD HOPの境遇を知った時に感じたのも同じ種類の感情だった。
まあ日々自分の子供たちを見ている時に一番感じるんだけど。

 

このグローブ、いいでしょ?映画「アウトサイダー」だね。ステイ・ゴールド。
え?僕、あの映画のダラスみたいな立ち位置なんだろか?いや、そんなにカッコ良くないか。

 

 

 

 

今年の春に、僕は物理的に、いわゆる「実家」をなくし、夏に精神的にそれをなくした。ビルディングを解体する時に爆破してやるやり方があるでしょう、あんな感じに、それまでそこにあったと思っていたものががらがらと崩れ落ちた。他人事みたいに書くけど、それはそれは見事な壊れっぷりだった。
48年間生きてきた基盤みたいなものが跡形もなく崩れ去る、というのは、実際にしてみるとなかなかパンチの効いた経験で。その様子を傍らで見ていた妻でさえすっかり僕に同情していたから(かなりのレアケース)、すっかりノックダウンされて仰向けに倒れた僕が特段に弱いというわけではないと思う。

今改めて振り返ってみると、自我が目覚めた辺りから、僕には”Home”なんて無かったよなあ、とも思うから、考えようによってははなから無かったものを、さも実在するかのように取り繕っていた糸がほどけただけなのかな、という気もして、よく考えてみればこんなんその辺に転がっている犬も食わない三文芝居だな、とも思えたから、一日強い酒を飲み続けて荒れて、一週間くらい落ち込んで、あとは忘れる事にした。

 

いや、三文芝居を大根役者なりに一生懸命演じていたんだけど。でも、なくなってしまったものの事をああだこうだ考えても仕方ないのだ。大事なのはこれからどう生きるか、だ。

 

さっき”Home”って書いたけど、丁度いい日本語を思いつけなかったんだよね、家族、違う、我が家、ダメだ、家庭、うーん。絆、全然ダメ。
僕が想像したのは、何と言うのだろう、居場所、みたいな物理的なものじゃなく、こころの中にある原点、というか、野球のホームベースみたいなもの、というか。ただの五角形の白い板なんだけど、それがなければ試合も出来ないもの、というか。
意味合い的には「ふるさと」という日本語が一番フィーリングに合うだろうか。まあ僕には故郷もないのだけれど。

うまく言えないけど、まあとにかく、せめて自分の子供たちにはしっかりとした”Home”でありたいなあ、と改めて思ったんです。騒動のあとの逡巡の結果ね。

 

ふたりの子供たちは、これから先も自分の人生を生きる。出来るところまではサポートするけれど、一挙手一投足まですべてに面倒を見ることができる訳では当然ない。
ましてや、いつかは自立してひとりで人生という旅路を歩いていかなくてはならない。と言うか、そうやって歩いて行くことこそが子供たちの人生だ。

 

それを、喜んだり悲しんだり、やきもきしたり冷や冷やしたりしながらもずっと見守ってあげることがふたりの父親たる僕の人生だし、それこそが”Home”の役割なのかな、なんて思う。
帰属しないし、依存しない。でもそれぞれのこころの中には確固としてある。すごく微妙で、絶妙な距離感。お前それちゃんと出来てんの?と聞かれれば、正直自信はない。でもトライはしたいし、しているつもり。奴らはなんて思ってるかわかんないけどさ。

 

そう、だから、ここで言う”Home”は物理的なものではない。でもとても大事な事なんだとも思う。正直書きたい事を書けている気はあまりしないんだけど、読んでくれている人には伝わるかなあ。伝わるといいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日々 2018年10月

 

先日、県南の街で好きなミュージシャンのライブがあって。電車で1時間かけてその街まで行ってきた。
東北本線なんて久しぶりに乗るから事情よく分かってなかったんだけど、盛岡から会場がある奥州市まで行く電車、2時間に1本くらいしか走ってないのね、なので17時30分オープンのライブだったんだけど水沢駅に降り立ったのが16時。時間もあるし、ライブ前に腹ごしらえするべえと駅を出た僕は愕然とした。

 

開いている店が無い。

 

チェーン店の居酒屋がその時間にもう営業を始めてて、でもその他にものを食べられそうな店は一件も無くて。というか、駅前の商店街とか8割がたの店はシャッターを降ろしている。駅前にはパチンコ屋はおろかコンビニすらない。

 

小さいとはいえひとつの市の駅前にだよ?なんなんだこれは。

 

奥州市(昔の水沢市ね)に来たのなんて10年以上ぶりだけど、ここまで寂れてた記憶はない。いや、東北で一番栄えている仙台だって郊外化が進んではいるし、奥州だって国道のバイパス沿いにはそれなりに店舗や人通りはあるけど。でもこりゃまるっきり廃墟じゃないか。
10年前だって栄えていた訳ではなかったけど、その10年の間に過疎化がさらに進み、街は疲弊していったという事なのだろう。

 

ライブ会場までの5分くらいの道のりを歩きながらも気分はどんどん落ちてゆく。さっき8割って書いたけど、商店街をずうっと歩いてみたら9割以上の店舗のシャッターが降りていた。休日の夕方なのに人も全然歩いていない。
会場の場所を確認し、それでも開演まで時間はたっぷりあったから、ようやく見つけたコンビニでチキンを買って食べ、その時には既に気分はかなりやさぐれていたので迷う事なくビールを飲む。夕暮れ時の寂れた街の外れにあるコンビニの前でひとりでビールを飲みながら感じる寂寥感は相当なものだった。せっかく楽しみにしていたライブの前なのになあ。

 

僕の精神状態のせいでそう感じたのではないと思うけど、ステージはちょっと荒れた手触りだった。氏のアコースティック・ソロを観たのは21年?22年?振りだけど、そのステージで頭をガツンとやられて、その時以来のファンで。だから今回のライブもものすごく楽しみにしていたんだよね。
演奏は素晴らしかったよ。ギタープレイも神がかっていた。でも心の底から楽しめなかったのは何故なのか、本当の理由が何だったのかは僕にも未だに分からない。

 

氏には会場のキャパが、色んな意味で小さすぎたのかな、という気はした。観客も20人居なかったらしいし。まあこの小ささのおかげで、憧れのミュージシャンとひと言ふた事言葉を交わすことも出来たんだけど。
次、機会があるとしたら、当初の予定通り仙台か弘前で観たいなあ。

 

 

 

少し体重が減った。ぐへへ。
Max時から3kg減。あと2ヶ月で-2kgいけんじゃね?そしたら目標達成なんじゃね?とか一瞬思ったが、ここ10日ばかり体重は一進一退。
まあこればかりはやれる事をコツコツと続けるしかないんでね、雪が降りだす12月まで、食事に気を遣い適度な運動を続けようかなと思ってます。

 

 

で、今日はSRをいじる。今月ショップのツーリングがあるんだよね、その準備を兼ねて。
外していたセンタースタンドを付けた。余裕かな、と思ってツナギも着ないで作業始めたけど失敗だった。結構難儀して、部屋着のジャージはすっかり汚れた。

 

バッテリープレートも取り付ける。この部分、DIY的に自作部品で組んでいたんだけど、不安なく長距離を走るための準備として市販品を手に入れておいたのだ。
振動も多いバイクなんでね。

 

これで長距離も安心。今年は正直500kmくらいしか乗ってないけど、来年は泊りがけのツーリングに行くぞ。

 

リアフェンダーの前部にひっそりとショップのステッカーも貼り…

 

小雨が降っていたのでカーポートの下で久しぶりにエンジンをかける。やっぱりセンタースタンドあると整備はラクだな、空気圧点検も楽チン。
さて、ツーリングの日は晴れますように。

 

 

 

 

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんな事をして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる

It’s a lonely road
You are every song
これは事実

宇多田ヒカル「道」 作詩・作曲 宇多田ヒカル

 

この人がデビューした時のことは良く覚えていて。本当に凄かったんだよ、当時はまだシーンを俯瞰するような聴き方をしていたから分かったんだけど、「女性シンガー」って属性が主な売りだった方々(失礼な言い方だけど)の魅力が一瞬にして消え去るくらいの破壊力だったんだ。
メディアの煽りも凄くてね、どこを見ても天才少女現る、の文字一色で。僕は当時まだ屈折したロック青年で、素直にいいと言えなくて、それでもしっかりCDは買ったもんなあ。実際よく聴いてもいた。

当時読んでいた「噂の眞相」という雑誌に、三田格さんというライターが「今月のRockin’ Off」とかいうフザケたコラムを書いていて。その月にリリースされた音楽を3行くらいの短文で小馬鹿にした調子でこき下ろす体のコラムだったんだけど、彼女の1st.アルバムが出た時、氏は「16歳の少女がこんな音楽を作るということの理由をもう少し良く考えた方がいい」といった趣旨の文章を書いた。
そのコラムでそんな真面目な文章を見たのは後にも先にもその時きりだったから、妙に心に引っかかってずっと覚えていた。

彼女のお母さんが亡くなった際に彼女がオフィシャルで出したコメントを読んだ時に真っ先に思い出したのは、件のコラムの一文だった。少なからずのショックを受けたし、その時、何かを表す時に天才(的)という言葉は金輪際使わないと決めた。
そして、この曲。”You are every song / これは事実”って歌ってるからね。そのまんま。

確かに才能のある方なんだろう。色んな想いがあるのは誰だって想像できるだろう、ましてや感受性が常人の比じゃないくらい強い方だ。一面にはどんなネガティブな感情があっただろう事は考えるだけで僕なんかは言葉が出なくなる。
それを、こんなに平易な言葉で、しかも聴き手に想像する余地を残した形で完璧なポップソングにする事ができるのだから。

 

そういやこないだ新しいアルバム出たんだよなあ。聴いてみようかな。

 

 

 

 

 

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