僕は、東北地方を出て住んだ事がない。子供の頃から引っ越しが多い暮らしだったんだけど(小学校だけで都合4校に通った)、それも子供の頃に住んだのは各県の県庁所在地だけで、あちこちで暮らした割にはあまりこの国の他の地域の事を知らない。

20年前に岩手に越して来てからは、10年くらい地方都市にも住んだ。特に沿岸の街で暮らした数年間は、僕の今までの人生の中でも一番楽しかった時期だった。
都会に住んでいる人には想像出来ないかも知れないけど、陸前高田にあった妻の実家のすぐ脇に用水路が流れていて、そんな所にも秋になれば産卵の為にシャケが遡上してきた。住田町にある本家に行けば、本当に綺麗な小川を挟んで牛舎があったりね。その本家のトイレはつい最近まで家の外にあった。そういうのが普通なの。
大船渡、陸前高田、住田町、宮城県の気仙沼まで含むのだろうか、は「気仙地区」と呼ばれていて、そこに暮らしている人は気質が明るい人が多く、いい意味で田舎ならではの人情味もあって。人と人との間にいいヴァイブスが循環して再生産されているというか。本当に居心地が良い土地だった。

 

まあ僕はそんな感じの人なんです。経験知的にもメンタリティ的にも根っからの田舎住みのそれで、たまに東京なんかに行くと、あり得ない程の人の多さと延々と続く市街地に圧倒され疲れちゃって、二日も居れば家に帰りたくなる。そこに過ぎている時間の速さも人々のテンションも、40数年間培ってきた僕の常識とはあまりに違い過ぎて。

 

でもそんな僕も、いやそんな僕だからなのか、狭い日本の中にも更に僕が全く知らない世界、想像もし得ない暮らしがあるみたいだという事に、数年前くらいからかな、薄々気付いていて。主に関東の、首都圏の周辺都市での事らしいんだけど。
だから、TwitterのTLにこの本の存在が流れてきた時に「ああ、これは読まなければいけないなあ」と思い、購入した次第です。

 

「ここは、地獄か?」というサブタイトルが付いた本書は、神奈川県川崎区在住のHip Hopクルー、BAD HOPのメンバーとの関わりを軸に、川崎区という土地とそこに住む人々について書かれたルポルタージュだ。
これからこの国が抱えて行くのであろう様々な問題が凝縮された内容で、とても読みごたえがあった。

 

 

内容は、例えばAmazonの書評を読むと賛否両論、悪い面だけを取り上げ過ぎているという意見も見られる。読めば確かに極端な部分だけ切り取っているのかなあと思えるところもあるのだが、例えば、川崎区には、治安の悪さから親が子供に「あの地区には絶対に行ってはいけません」と諌める場所があるのは事実の様だ。
今まで僕が暮らした複数の街には「行ってはいけない地区」なんて一ヶ所も無かったし、そんな地区にだって当たり前の様に人は暮しているのだ。たいして広い訳でもない、同じ国の中にね。

本の詳しい内容についてはここでは触れないけど、この本についての著者のインタビューを貼っておく。ちょっとでも気になる人は是非一読をお勧めします。

 

 

この本を読んだ後では「カッコいい」という言葉を安易に使う事にためらいを覚える位、ヒリヒリとした緊張感が伝わってくるトラック。今年の4月に公開された動画だから、恐らく本の出版を受けて、満を持して作ったトラックなのだろう。
僕が初めてこの動画を再生したのが発表からちょうどひと月後だったんだけど、その時点での再生回数は既に170万を超えていた。彼らは配給もプロモーションもインディペンデントなんだけど、数字の話をすれば正直言ってその辺とは桁が全く違う。
僕はヒップホップに関してはまるっきり素人なので、ラップのテクニック的な事については言及出来ない。けど、初めて聴いた時は物凄い衝撃を受けた。それはしばらく他の音楽を受け入れる事が丸っきり出来なくなる位の衝撃だった。

過激なリリックは全部実話、なんだと思う。そしてBAD HOPのクルーにとってHip Hopという音楽は目的じゃなくて、川崎という土地で今日を生き抜く為の手段なのだろう。

 

また誰かがつぶやく
この街から出れない
欲望が街渦巻く
出どころなら池上
Gang bitch 横目ふかすweedにアクセル
ネズミのようにチェダー追う
KIDSたちの夢になる
火を噴くNinja KAWASAKI

 

2分過ぎから始まるBarkのバースが一番好き。赤いパーカー着て脇腹に大きく044(川崎の市外局番らしい)のタトゥーを入れてるクルーね。
ここは勇気を出して「カッコいい」と言うべきなのだろう。滅茶苦茶カッコいいよBAD HOP。男にとってカッコいいは一番の褒め言葉だ。今も昔も。

ちなみに彼らは、今までHip Hopを毛嫌いしていた僕に、ちゃんと向き合って聴くきっかけを与えてくれた存在でもある。感謝しています。

 

 

VICE Japanが撮ったインタビュー動画も観たけど、このYZERRのインタビュー動画が彼らが置かれていた状況を目と耳で知るのには早いかな。出来れば本を読んで欲しいけど。

彼の地では、少年たちは公園に集まり、スマートフォンで流すビートに合わせてフリースタイルのラップを練習しているのだそうだ。なるほどなあ、楽器を持っていなくても、スタジオに入らなくても音楽は出来る。仲間内で誰かひとりスマートフォンを持っていればいいのだから。
もちろんBAD HOPの成功の影響も大きいんだろうけど、川崎の不良少年たちの間ではこういうスタイルがリアルなんだろう。

それにしても…。「ゲットーを抜け出すには、バスケットボールの選手になるかラッパーになるかしかなかった」みたいなロジックって、遠いアメリカでの話だと思っていたけど…。まさかこういう形でこの音楽が日本に根付くとは全く想像もしていなかった。
正直、一連の情報を体内に入れた後は、僕は根っからの田舎住みで良かったなあというのが一番の感想だったんだけど、今の世の流れを見るに、あまり他人事だとも思っていられないんだろうね、きっと。